1. まとめトップ

群馬の味、B級グルメといえば焼きまんじゅう

縁日の屋台、祭りの露店などでおなじみの群馬の味、焼きまんじゅう。しばらく食べないでいると無性に食べたくなる美味しさです。B級グルメなどとも言われますが、スナックやパン・煎餅まで、その独特の味わいを活かした様々な商品も展開されています。

更新日: 2015年06月18日

soroeruさん

  • このまとめをはてなブックマークに追加
46 お気に入り 136786 view
お気に入り追加

焼きまんじゅうとは

上州人のソウルフードと言ってもいい代表的な郷土料理。焼きまんじゅうの生地は、米と小麦を練り合わせたものを麹で発酵させて作る。

蒸して作ったまんじゅうを竹串に刺し、黒砂糖や水飴で甘くした濃厚な味噌ダレを裏表に塗って火に掛け、焦げ目を付けたもので、軽食として好まれる。

まんじゅうは、あんの無い薄いもの(素まんじゅう)が普通に用いられるが、一部にこしあん入りもある。通常、二色パン状に2個が接合した状態で蒸かされたまんじゅうを、2組(計4個)長目の竹串に刺して、炭火にかける。火に掛ける前後には適宜、刷毛を用いて裏表に味噌ダレを塗る。(Wikipedia)

焼きまんじゅうの歴史

起源は幕末(19世紀中期)と見られ、前橋発祥説が有力とされているが、他にも伊勢崎市、沼田市等の店舗が元祖を名乗っており、それぞれ独立した起源であるとする見方もある。

そもそも、焼きまんじゅうは酒を家庭でも造っていたころの副産物なので、商売のために誰かが発明したという類のものではなさそうである。

調味料的な味噌や醤油、酒・麹などに小麦粉があれば、焼きまんじゅうが誕生しても不思議ではない。要するに小麦粉まんじゅうにタレを塗って焼くという食品ですからね。

さまざまな発祥のルーツや起源

前橋市の老舗焼きまんじゅう店当主であった原嶋熊蔵はその著書で、自身の2代前にあたる勢多郡飯土井村(現・前橋市飯土井町)出身の原嶋類蔵が、1857年に前橋で売り出したものが創始である、

としているが、沼田市の東見屋饅頭店の創業は1825年(文政8)ということなので、商売としての創業は東見屋饅頭店の方が古いことになる。

群馬県庁から少し北に向かった場所にある老舗の焼きまんじゅう屋さん。

レトロな店内に焼きまんじゅうの匂いが漂う

----------------------------------------------------------------------------------------

味噌まんじゅうから、焼きまじゅうへ

焼き饅頭は、原嶋屋説でも東見屋説でも最初は「味噌饅頭」と呼ばれていたのだが、これを「焼き饅頭」としたのは、どうも前橋の生糸商人たちだったようだ。

養蚕が盛んであった沼田地方で誕生した「味噌まんじゅう」が 前橋の生糸商人によって各地に広まったと考えられる。

焼まんじゅうの起源。初期の頃はいったいどんな味だったのだろう?
それを解決してくれそうな本を発見。それが、この『焼きまんじゅう一代記』という作品です。原嶋屋総本家のルーツが丁寧につづられていく物語です。

焼きまんじゅうが近隣地域にも広まった理由

群馬県南部では、古くから二毛作による冬季の麦作が盛んで、おっきりこみといった麺類やまんじゅう類などの小麦粉食品が好まれていた背景がある。繊維関係の商工業者間の交流によって群馬県近隣地域にも広まったものと見られる。

焼きまんじゅう、味つけの変化

タレは一般に、北毛に行くほど濃くなり、中毛、東毛に行くにつれ緩くなる傾向がある。

これは、確かに感じます。前橋から伊勢崎など東毛方面に行くにつれてタレの塗りが薄くて上品な感じですが、渋川から沼田など北毛方面はタレが濃くてワイルドになって甘みも増してくる感じでしょうか。ww

焼きまんじゅう関連の商品

地元・群馬県の有力スーパーマーケットであるベイシアは、地元でイベント「花と緑のシンフォニーぐんま2008」が開催されることを記念し、「上州焼きまんじゅう味コーンスナック」を2008年2月4日から発売した。

「群馬発 焼きまんじゅうせんべい」は焼きまんじゅう味のえびせんです。サクっと軽い食感と焼きまんじゅうの甘いタレの味がとっても美味しいです。

前橋駅や高崎駅などで焼きまんじゅう味のえびせんが、お土産として販売されている。

1 2





soroeruさん

インスピレーションで感じる
ちょっと気になる便利なまとめ



  • 話題の動画をまとめよう