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nofrillsさん

「私の母はマグダレン322番だった。本当の名前は、マーガレット」

My mother was Magdalene No. 322. Real name Margaret #justiceformagdalenesNOW

「私の母はマグダレン322番だった。本当の名前は、マーガレット」

The Magdalene Laundries storify.com/breakingnewsie… via @breakingnewsie マーガレットさんの例が、ひどすぎて最後まで読めない。映画「マグダレンの祈り」で描かれていたことを、はるかに上回る。何でこんなひどいことが…

Margaret was committed to industrial school in 1954.She was 2 yrs 4 mths old.She left 49 yrs later in a coffin #justiceformagdalenesNOW

「マーガレットが産業学校に入れられたのは1954年、2歳4か月のときだった。彼女がそこを出たのは49年後、棺に入ってだった」

By the age of 5, Margaret was preparing breakfast for 70 children including herself -from 4am. Child labour #justiceformagdalenesNOW

「5歳になるころには、マーガレットは自分も含め70人の子供たちの朝食を作っていた。朝の4時からだ。児童労働である」

後述するように「堕落した女」の施設とされているマグダレン洗濯所(日本語では俗に「マグダレン修道院」)にいたのは、「堕落した女」ばかりではありませんでした。問題は「清く正しく」の理念ではないのです。

Margaret was noted in her records as "nervous,timid,fretful, a bed-wetter". No wonder,she was never toilet trained #justiceformagdalenesNOW

「記録にはマーガレットについて、『神経質でびくびくしていて怒りっぽく、おねしょが治らない』とあった。当たり前だ、マーガレットはトイレの使い方を教えてもらうということさえなかったのだから」

Margaret didn't know where she was from or when her birthday was. We told her when she was 42 #justiceformagdalenesNOW

「マーガレットは、自分がどこの出身なのかも、誕生日がいつなのかも知らなかった。マーガレットが42歳の時に私たちがそれを伝えたのだ」

At age 13, Margaret had her IQ measured. She was "certified" as fit for work,unfit for education.Labour camps #justiceformagdalenesNOW

「13歳のとき、マーガレットは知能指数を測定された。結果、労働には適しているが、教育には不適だとの『お墨付き』を得た。強制労働所である」

Margaret never lived in the outside world,although she lived just off O'Connell Street in our capital city #justiceformagdalenesNOW

「マーガレットは外の生活を一度も経験しなかった。アイルランドの首都(の目抜き通りである)オコンネル・ストリートの一本裏にいたのに、である」

Margaret didn't know how to handle money. She had none, and no posessions #justiceformagdalenesNOW

「マーガレットは、お金の扱い方を知らなかった。お金など持っていなかった。所有物など何もなかった」

Margaret never went on a date, Never had a boyfriend. Never fell in love. But she was impregnated in care #justiceformagdalenesNOW

「マーガレットはデートに出かけたことは一度もなかった。ボーイフレンドがいたこともなかった。恋愛をしたこともなかった。けれども養護施設で彼女は妊娠させられた」

Margaret's twin daughters were taken from her 7 weeks after she gave birth.When she saw us again we were 23 #justiceformagdalenesNOW

「マーガレットは双子の娘を産んだが、出産後7週間で取り上げられた。マーガレットが私たちに再会したのは、私たちが23歳の時だった」

When we reunited at the Gresham, Margaret was 42. Not that you'd think it pic.twitter.com/6GkTLbDB

「グレシャムで対面したとき、マーガレットは42歳だった」

At The Gresham in 1995, Margaret was excited. Not just to meet us,but it was the first time she ever tasted coffee #justiceformagdalenesNOW

「1995年、グレシャムでの対面のとき、マーガレットははしゃいでいた。私たちに会えるからというだけではなかった。そのときに、生まれて初めて、コーヒーの味を知ったのだ」

When I became a mother in 2004,it was the first time I allowed myself to grieve for Margarets life unlived,denials #justiceformagdalenesNOW

「2004年に私自身が母となり、私は初めて、マーガレットが送ることのできなかった人生を嘆くということを自分に許した」

Margaret and my family enjoyed each other for a few years,hard to recreate deep love after so long #justiceformagdalenesNOW

「数年にわたって、マーガレットと私の家族は互いに楽しく過ごしたが、これだけの歳月が流れた後では、深い愛情を再び築くことは難しかった」

Margaret died in July 2003,one day before her 51st birthday.She died of her slave related injuries #justiceformagdalenesNOW

「マーガレットは、2003年7月に死んだ。51歳の誕生日の前日のことだった。奴隷化されていたことに関連する怪我が原因で死んだのだった」

Six months after her death,her first grandchild was born. She would have loved her four grandchildren #justiceformagdalenesNOW

「マーガレットが死んで半年後、初孫が生まれた。4人の孫たちを、マーガレットはきっとかわいがったに違いない」

I hope for justice for Margaret and her friends on Tuesday.Thank you all so much for the support.I think she knows #justiceforMagdalenesNOW

「この火曜日に、マーガレットとその友人たちのために正義がなされることを、私は望んでいます。ご支援に感謝します。マーガレットにも伝わっていると思います」

I am astounded at the reaction to my tweets about Margaret.Impossible to reply to all.Thank you,I am humbled pls RT #justiceformagdalenesNOW

「マーガレットについてツイートしたらものすごい反響です。すべてにお返事することはできませんが、深く感謝いたしております」

“My mother was Magdalene No 322. Real name Margaret” - @SamanthaELong shares a powerful story jrnl.to/XAgyLY

アイルランドのソーシャルニュース(編集はプロ)のサイト、The Journalがマーガレットのことを取り上げた。

Crying after reading this. thejournal.ie/margaret-died-… "Margaret died of her slave-related injuries" #justiceformagdalenesNOW via @katabaticesque

これを読んで泣いている、とツイッターに書いている人は大勢いた。

アイルランドのオンライン・ニュースサイト、BreakingNews.ieが、「まとめ、キュレーション」サービスのStorifyでマグダレン修道会について「まとめ」たページは、マーガレットについてのサマンサさんの一連のツイートから始まる。

この「まとめ」、めちゃくちゃに重い……。

Magdalene Asylum, 日本語で(不正確にも)「マグダレン修道院」と呼ばれる施設

In case people think #JusticeForMagdalenesNOW is abstract & decades ago. This the Gloucester st building today. pic.twitter.com/e9rikfwP

「マグダレン修道院の被害者の問題は抽象的だとか、何十年も前だとか考えてる人がいるかもしれないから一応いっておく。この写真は今日撮影した、グロースター・ストリートの建物」

※日本語では「マグダレン修道院」が定訳になっているので、本稿でもこれを「訳語」として使っていますが、実際にはこの施設は「修道院」ではありません。

この写真は、1934年のダブリンの広告。「真にチャリティとして活動している機関」たる「マグダレン避難所 the Magdalen Asylum」にご支援を、と訴える広告。

住所はダブリンのロウアー・グロースター・ストリート。

現在この通りはイースター蜂起を担った1人の名をとって「ショーン・マクダーモット・ストリート」と呼ばれている。
http://www.panoramio.com/photo/5461694

http://goo.gl/maps/Q2VKn

この、大きな通り(ショーン・マクダーモット・ストリート・ロウアー: Sean McDermott Street Lower)の左側の古いレンガ造りの建物。ここが「マグダレン避難所」。

「避難所」とは、「罪を犯した女」らの「保護」施設のことだ。運営にあたっていたのは宗教組織(教会)。

http://goo.gl/maps/bQsrk

建物の裏手。荒廃している。

ここは道路もひどい状態だが、通りを挟んで向かい合っている建物はきれいだ(新築の集合住宅っぽい)。

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