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【変人】孤高の数学者 岡潔の逸話がいろいろとすごい【天才】

日本の歴代数学者で五指に入るとも言われる天才数学者、岡潔博士。世界にも影響を与えた業績もすごいですが、数学に没頭するあまり、まわりには変人と映っていたようです。

更新日: 2013年02月12日

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ohsypcomさん

1901.4.19~1978.3.1
 日本を代表する大数学者。大阪府生れ。京大数学科卒業。京大講師、助教授、フランス留学後、広島文理大助教授。奈良女子大、京都産業大教授を歴任。
 留学後、多変数複素解析関数論に取り組み、1942年頃までに不分岐域における基本的で主要な問題を解決。戦争を挟んで、田舎にこもり研究と農耕の日々を送りながら独力で不定域イデアルの理論を開発し、いわゆる岡の基本的レンマを局所的であるが、一般な形(内分岐域において)で解決。日本では理解する者は少なく、世界的評価の高まりとともに、日本でも広く知られるようになる。1960年文化勲章受賞。

第三高等学校時代

三高時代の3年間に一度も歯ブラシを使わなかった

京都帝国大学理学部講師時代

数学の演習の時間に、講師の岡さんが考え出すとじっと動かないで、時間を無視して夜の8時頃になることもしばしば

広島文理科大学助教授時代

授業があまりにでたらめであると学生から苦情が出た

当時取り組んでいた問題に没頭していたからのようです。その後精神的に病んでしまうことになります。

「発狂して強盗を働き、山中に潜伏中に逮捕」(広島文理大在籍当時の新聞の見出しによる)。

その後1938年頃休職、1940年辞職となったそうです。

無職時代

それからまる12年、博士はいまでいうニート、ないしはフリーターとなって数学の研究に専念します。

田畑を売り、奨学金をもらっての生活でした。

奈良女子大教授時代

道端の石を拾って、これをお地蔵様に投げつけ、もしうまく当たればそのまま大学に行き講義をするが、当たらなければ家に引き返してその日は休講になってしまった

これは本当じゃないかも、とのこと。

学会にて

突然立ち上がり「待て!その研究は方向が180度違う!」と叫び、「正しい方向は・・・」と言って、部屋の後ろを指さし、「正しい方向はあっちだ!!」と言った

講演会にて

米長さんは若い頃、岡さんの講演会が開かれるのを知り、出かけて行ったのであるが、なんと講師が現れなかった。

「私は京都駅の降りたホームで待っていてくれ、と言われた。だから奈良から近鉄線で京都に出て、近鉄線のホームで一時間待っていた。主催者側の人が国鉄の京都駅を探しているであろうことは察しがついていた。しかし私は、降りたホームで、と言われていた。間違えていたのは主催者側だ。正しい方が修正して間違っている方に合わせる、ということはあってはならないことです。間違っている方が正しい方に合わせて修正しなくてはなりません。だから私は近鉄のホームで一時間待って、それで家に帰りました」とのこと。

数学に関してはこんなにすごい!

当時まだまだ発展途上であった多変数解析函数論において大きな業績

多重帰納法をおそらくはじめて使用したのが岡潔博士。

当時の重要な未解決問題であったハルトークスの逆問題(レヴィの問題ともいう。および関連する諸問題)に挑み、約二十年の歳月をかけてそれを(内分岐しない有限領域において)解決した

層という現代の数学において極めて重要な概念の元になる、不定域イデアルという概念を考案しました。よく分かりませんが・・・

日本の数学者達が神様のように見ていた数学者のジーゲルという人が、「オカとはブルバキのように数学者の団体の名前だと思っていた」と語った

たった一人ですごい業績を残していたということですね。

ジーゲルは岡潔に会った時に、感激のあまり「オー、オカ・・・」と言って抱きついたそうである。

ジーゲル、ヴェイユ、アンリ・カルタンという著名な数学者達がわざわざ奈良まで岡潔を訪ねたということです。

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