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近代のダヴィンチ、”ル・コルビジェ”

建築や家具などでその名を知られるル・コルビジェですが、それ以外の分野でもマルチな才能を発揮していたことはご存じですか?。そんな彼の仕事の一端を、ちょっとだけまとめてみました。

更新日: 2013年02月22日

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00mashimashiさん

スイスで生まれ、フランスで主に活躍した建築家。本名はシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリ(Charles-Edouard Jeanneret-Gris)。フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエと共に「近代建築の三大巨匠」として位置づけられる。

コルビジェはスイスで活動した後、1917年にパリに出て、ピュリスム(純粋主義)の画家として活動

1922年にパリの従兄弟のピエール・ジャンヌレと共同で建築事務所を設立。新しい技術を活かした明るく清潔な住宅空間を創造

ラ・ロッシュ・ジャンヌレ邸、サヴォワ邸などもこの時期に設計された。

また建築分野でめざましい業績を残しただけでなく、数多くの絵画作品や版画、彫刻、タピスリーなども制作

それらの他に人体工学にも精通していた。

ル・コルビュジエはレオナルド・ダ・ヴィンチにも比されるほど、マルチに才能を開花させ、人々を圧倒した

それではコルビジェの仕事の数々を簡単に見ていきましょう

コルビジェの”建築”

コルビジェの「近代建築の5原則」を具現化した集大成とも言える作品。パリ郊外で見ることが出来ます。

ロンシャンの礼拝堂とも呼ばれる『光』の礼拝堂。東西南北、すべての壁面が異なる姿を見せ、中は光に溢れています。内部の様子はこちらのブログからも拝見することが出来ます。

http://d.hatena.ne.jp/uda-24/20081221/1229836377
http://4travel.jp/overseas/area/europe/france-alsace/travelogue/10369388/?dur=4363

ル・コルビジェは20世紀を代表する建築家で、近代建築の礎を築いた一人である

建築の合理性と機能性を重視し、日本でも戦後の建築はもちろん、現代の建築にも大きく影響を与えています。

コルビジェは「近代建築の5原則」という近代建築の原則を提唱し、自らの建築に取り入れていった

正確な訳では「新しい建築の5つの要点」という。

1.「ピロティ(支柱)」・・・家が空中に浮く様な表現が可能になりました。
2.「屋上庭園」・・・屋上に庭園を設置することにより、家の中の温度、湿度調節に寄与します。
3.「自由な平面」・・・鉄筋コンクリート技術がより自由な設計を可能にしました。
4.「水平に続く連続する窓」・・・室内は明るく開放的になりました。
5.「自由な立面(ファサード)」・・・支柱が壁から独立することで、建物の外観を構成する主要な立面を自由に設計することが可能になりました(カーテンウォール)。

コルビジェの”家具”

コルビジェの代表作であるLC3は、家具の歴史の中でコルビジェの代名詞ともなっています。コルビジェの建築のアイデアの元でもモデュロール構成による水平・直角・垂直がデザインのモチーフとなっていることが伺えます。

ル・コルビジェのLC4 シェーズロングは名作中の名作であり、コルビジェの作品群の中でも世界的な知名度を誇る作品です。しかし、実際のデザイナーは、コルビジェのアトリエに入所して1年目のシャルロット・ペリアン。コルビジェのアトリエで進行していたチャーチ邸の為にデザインされた家具でした。コルビジェ事務所の作品ですから実際のプロデューサーとしてコルビジェの名前が冠されているのでしょう。

家具デザインの大部分は彼のキャリアの初期に、従兄弟であり建築のパートナーであるピエール・ジャンヌレと、シャルロット・ペリアンとの共同作業から誕生している

単純な構成で快適さを求めたコルビュジエの家具は、GRANDCONFORT(大いなる快適)と呼ばれる

中でもLC3、 LC4(椅子)などは特に有名である。

コルビジェの”絵画”

作品名でもある「モデュロール」とは、コルビュジエが、人体の寸法と黄金比から作った建造物の基準寸法の数列であり、彼自身の造語である(フランス語の『モジュール・寸法』と『Section d'or(黄金分割)』を組み合わせた)。古代ローマのウィトルウィウス、レオナルド・ダ・ヴィンチの「人体図」などから人体における数学的な比率を見出だし、それを建造物の機能の向上のために利用した。

コルビジェのピュリスムを端的に表現した作品でもある。キュビズムを代表する画家、ピカソの絵の一つ一つの細かい要素を幾何学模様化し、規則正しく整列させたような作品。

コルビュジエは建築家であると同時に画家でもあり、午前中はアトリエで絵を描いて、午後は建築の設計をするという日課だった

キュビスムを批判的に継承したピュリスムを唱えたが、やがて画風は変化し、たくましい女性の姿や、シンボリックなモチーフの絵画を描いた

コルビジェと”人体工学”

モジュロールは人体各部の寸法にもとづいたものであり、建物の形状を整えるために考案された。コルビジェは建築の設計の他、家具のデザイン、絵画にまでこのモジュロールを取り入れた。コルビジェにとってモジュロールとは自身の仕事における定規のような物だったのかも知れない。

コルビジェは、整数比、黄金比、フィボナッチ数列などを組み合わせからなる、美しい比率尺度「モジュロール」を完成させた

彼はそれらを古代ローマのウィトルウィウス、レオナルド・ダ・ヴィンチの「人体図」などから人体における数学的な比率を見出だした

そしてそれを建造物の機能の向上のために積極的に利用していった。

コルビジェと”都市計画”

フランス語で「住居の統一体」と「住居の単位」の二重の意味を有する集合住宅。
ル・コルビュジェが5原則(水平連続窓、ピロティ、屋上庭園、自由な平面、自由な立面)やモデュロールを駆使して設計した代表的な事例であり、かつ現代の高層住宅の元祖というべき記念碑的な作品でもある。

チャンディーガルはインド、パンジャーブ州とハーリヤーナー州という二つの州の州都。ル・コルビジェによる都市計画で国際的に知られ、ル・コルビジェ、ピエール・ジャンヌレの建築計画が数多く存在する。 都市機能を考えぬいて造られたチャンディーガルにはコルビュジエによるたくさんのモダニズム建築が散らばっており、街全体が見どころになっている。

*写真はチャンディーガルの象徴になっているオープン・ハンド・モニュメント。

コルビュジエは、人口過密で環境の悪化する近代都市を批判し、パリのヴォアザン計画(1925年)、輝く都市(1930年)などの計画案を発表した

1933年にCIAM(近代建築国際会議)で採択された「アテネ憲章」は、輝く都市の理念に沿ったものであった。

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