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【東日本大震災から2年】現地やボランティアから発信された被災地の様子

2011年3月11日に発生した東日本大震災から2年になります。災害復興支援ボランティアや現地の人から発信された情報を被災地毎にまとめてみました。※随時、更新していきます。

更新日: 2013年02月26日

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waijiroさん

宮城県南三陸町

一見片付いてきているようですが、やっとここまで進んだ、という感じを受けます。
ここからはとても「復興」、という言葉は連想できません。

2013年2月7日

今回行って思ったこと、伝えたいこと。
・ まだまだ人のてを必要としている場所がたくさんある。
・ 本当の復興ってなんだろう。 安心して元の暮らしに戻れる日?
・ 誰にでも何かできる事があると思う。 それを考えよう! = 忘れないことにつながるのでは?
・ 妻、子供と過ごす日々を大切にしよう。

2013年2月7日

1/26と27に南三陸にボランティアに行ってきました。またもJTBのツアーに参加しての旅行です。
今回のキモはやはり初めての真冬のボランティア活動だったことだと思います。
服装には相当気を使って準備しました。

ボランティアの合間に「語り部」の方の案内で市内を回ります。

あの震災は1000年に一度の災害、とよく言われますが、実は三陸には明治期に20m強の津波があったそうです。
おまけに山の中に「この下に家屋を建てるべからず」という石碑があったのだとか。
南三陸では高台移転を決めたため、私たちが訪れたような平地に新たに家屋を建てることは禁止されました。

南三陸で一番有名になってしまった防災庁舎ですが、今回初めてその前に立つことができました。

岩手県山田町

同12/23日 処理の終えた部分に処理後の残土が土盛りされて行く・・・・

「奇跡の松27本」残っていたものの遂に伐採されて皆無となった・・・・
今となっては実生苗でも捜しにゆくか・・・・
陸前高田市の一本松ではないが何らかの手立てかセメテ周知だけでも欲しかった・・・

受け入れ先の県職員もその都度多数散見された。寒いなかに大変だったと推測された。
しかし受け入れの事実も検討もないところへ・・・・・
膨大な予算が環境省から各都道府県に送られていた。
しかもその検討すらもなされていないところへも・・・・
努力の実績は容認できるが全くマナイタへも乗らない自治体へも・・
公平と平等は異質なのだ。この違いを貧乏や苦労を知らないキャリアが増えている・・・

2月1日より、「ろか~れ・あ~しゃ」さんが、長崎商店街の仮設店舗で営業を再開されております!

店内はとっても広く、落ち着いた雰囲気です。
ご家族はもちろん、女子会などにもいいですね

ろか~れ・あ~しゃさんといえば、本格的なピザやパスタが食べられるイタリアンのお店。
再開を心待ちにされていた方も多いのではないでしょうか。

2013年2月8日

岩手県大槌町

大槌町の被害を受けた所です 何もありません

大槌保育園の八木澤園長さんに現地被災地の案内をして頂きました。大槌町の半分以上が被害を受けたお話を聞き胸が痛む思いでした。

2013年1月21日

岩手県宮古市鍬ヶ崎地区

タコの浜上の大橋から鍬ケ崎を見ました。
下から見るのと上から見るのではやっぱ違うなと思います。

スーパー跡地の基礎土台を壊し掘り起こしています。
斜め向かいの警察派出所は取り壊されました。
基礎土台の撤去も手間がかかっているようで、
色々小分けして黒い袋に入れてます。

従兄弟も80歳過ぎて一人で仮設住宅生活です。
孤立死してないか心配で、定期的に仮設住宅に来てます。
災害復興公営住宅ができるまで仮設にいるそうです。

2013年2月11日

復興までまだまだです。鍬ケ崎に来ると世界と空気が違います。
土地の買い上げもどうなのかもまだ進んでいません。
基礎撤去もまだまだです。

2013年2月11日

岩手県陸前高田市

テレビ、ラジオのニュース、インターネット(フェイスブックなど)の情報収集で、自分が今住んでいるまちを考えてしまう。
トラックが走り回って泥だらけの道路。次々と解体されていく建築物。山林の伐採と宅地の造成。
このまちでこれから生活するとなると、考えておいたほうがいいことが山積している。

2013年2月12日

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