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平成の神話を創る漫画家!五十嵐大介が描く日常と非日常。

けっこう活躍されている方なんですが、最近まで知りませんでした。先日、デビュー作「はなしっぱなし」を手に入れ、その画力と世界観に圧倒されました。出会えてよかったと思える漫画だったので、ぜひ紹介したくなり、まとめを作りました。

更新日: 2013年02月27日

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makube66さん

五十嵐大介とは。

いがらし・だいすけ。1969年埼玉県生まれ。マンガ家。
1993年に『月刊アフタヌーン』(講談社)にてデビュー。
2004年、「魔女」にて文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。
2009年、「海獣の子供」にて第38回日本漫画家協会賞優秀賞および第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。
その他「はなしっぱなし」、「そらトびタマシイ」、「リトルフォレスト」など。

日常を描く。

1996年よりしばらく作品の発表が途絶えるが、2002年より同誌にて連載された「リトルフォレスト」は、休筆中に移住した東北での体験に裏打ちされた、田舎暮らしのリアルな描写で人気を博した。

五十嵐大介さんは、埼玉のご出身だが漫画家になってから盛岡に引っ越し3年暮らし、その後、岩手県の衣川村に飼い猫と一緒にと移り住み、自給自足の生活をしていたらしい。

リアルな画風なんだけども写真とも違う、下手な写真より本質を捉えてるんじゃないかというほどの絵の力。かわいい、美しい、でもやっぱりけもの――な猫の生態を、五十嵐大介の目を通して眺める時間は、至福の一言。

日常と非日常の境界を描く。

自然を描くとふつうはだいたい牧歌的になっちゃうんですが、五十嵐さんのネイチャー系の作品には何か毒がある。自然の世界の怖さが物語を浸食している感じが新鮮で、どうやって描いてるのかなあと。

「はなしっぱなし」のページをめくると、唐突に世界は揺らぎ、変化し、読者の眼前で異界と化す。
ダイナミズムと繊細さという、両極端な魅力によって、読者は眩暈を覚えさせられ、すっかりハマりこむ。
ただし「なんで?」と問い返した時に、この魔力は消えてしまう。
この魅力は、合理性の対極に在るからだ。

その世界観を支えるのが、圧倒的な画力。動植物はもちろん、光や水、空気の動きから重力の作用まで、森羅万象を何気(なにげ)ない線で描き切る魔法のような画面は、読むというより“浴びる”感覚に近い。

著者、五十嵐大介、長編処女作です。
これまでの短編作品にも増して、その自然描写(海中、空、雲、風、雨、魚、鳥、虫、植物、哺乳類、光、闇・・・)は絶品です。

この一頁書くのに、どれだけ手間がかかってるんだろうと思うほどの繊細な絵。次々にあふれてくるイメージ。現実と非現実の間を行ったりきたりするような感覚にいい感じに惑わされて、彼の作品を読んだあとは、空気のにおいまで違ってくるような気がします。

この短編「そらトびタマシイ」は、いわば形、グロテスクなモノやコトが全編をおおっているのだが、それが淡々と日常に組み込まれ、読んでいて全く違和感がない。

その作品は、まるで平成の遠野物語。

五十嵐さんは、「怖い」「ほのぼの」など日常の中にある不思議な話を描く。遠野物語や宮沢賢治が引き合いに出されると言う。

作者は、マンガという表現の形式のない時代に生まれていたならば、詩人になっていたでしょう。マンガで描かれた詩集。昔の日本人のだれもが持っていた、自然への怖れと畏れ。風も稲妻も、竹林も海も、それが原初に持っていた荒々しい生命力をあらわにして、そこにあります。

生と死の境界線が、薄い人なのでしょう。ときおり、死が、ぞっとする顔をのぞかせています。小さくて弱い人間は、他の人間のぬくもりを求めて生きています。その思いが、瑞々しく抒情的に語られています。

そして、非日常を描く。

息が詰まるような感じ。
世界観に圧倒されました。
シャーマンがマンガを描くと、このような作品をつくるのだろうなと思いながら、ページをめくっていました。

『SPINDLE』のザラザラした乾いた土の感触、『KUARUPU』の熱帯雨林のむわっとした湿気、『騎鳥魔女』の東洋と西洋が混ざり合ったような村、作品の世界観がちゃんと描き分けられ、土地の空気や感触がこちらまで伝わってきそう。

光と闇、精神と物質、魔術と現代兵器、さまざまな二項対立が唯一無二の画力によってスパークする様が圧巻。

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