1. まとめトップ

学校では教えてくれない「本能寺の変」の真相

いろいろな説がある「本能寺の変」。今回はそんな本能寺の変について存在する色々な説をまとめていきます。

更新日: 2013年05月24日

84 お気に入り 667994 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

kijins1990さん

本能寺の変

本能寺の変は、1582年6月21日、織田信長の家臣明智光秀が謀反を起こし、京都・本能寺に宿泊していた主君信長と後継者の信忠を襲い、自殺させたクーデターのことである。

謎が多いこの暗殺事件、そのせいか多くの黒幕説が昔から議論されている。
今回はそんな色々な黒幕説を整理していきたい

そもそも何故黒幕説が流れ始めた?

信長は誰に狙われてもおかしくない状況だった

明智光秀は織田家の中でも出世頭。
頭もよく、武将というよりは謀略家の一面が大きかった

そんな頭のいい光秀が安易に主君を殺し、自らも簡単に死んでしまうものなのだろうか?
そこで出てきたのが黒幕説。

どんな黒幕説があるの?

その1、豊臣秀吉説

その2、徳川家康説

その3、朝廷説

その4、その他

その1、秀吉説

その時に秀吉が戦っていた毛利家との戦いをすぐに和睦して光秀の元に向かうことができた

そもそも信長は秀吉のことを助けるために出陣中だった。
秀吉のもとに行く途中、本能寺に宿泊していた。

その2、家康説

そもそも信長のことが嫌いだった

家康は長男の信康を信長の命令で切腹させている。
信康はとても優秀であったため、家康はそのことを生涯にわたって悔んだと言われている

光秀はその後生き延びて家康の部下になった可能性がある!

家康の配下に天海という僧侶がいる。
この天海という僧侶が生き延びた光秀ではないか?と言われているのだ。

その3、朝廷説

信長は朝廷に対してめっちゃ圧力かけていた

信長が天下を統一したら朝廷はつぶされるかもしれなかった

1 2