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【借金に追われて】日本が太平洋戦争に突入した理由が悲しすぎた【原発・靖国まで】

日露戦争で日本は、米国系ユダヤ人らから借金をして戦争を行い、「ロシアに勝利」しました。しかし、実際には、同じユダヤ人がソビエトに金を回し、ロシアの崩壊を誘導していたと言われます。そして、やがて太平洋戦争で米国に敗戦した日本ですが、太平洋戦争開戦時も日本は米国の借金を負っていました。

更新日: 2016年10月15日

palezioさん

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シフは2億ドルの融資を通じて日本を強力に資金援助したことで、日本勝利と帝政ロシア崩壊のきっかけを作った。

ジェイコブ・シフ(Jacob Henry Schiff、1847年1月10日 - 1920年9月25日)は、ドイツ生まれのアメリカの銀行家です。
高橋是清の求めに応じて日露戦争の際には日本の戦時国債を購入しました。後に、勲一等旭日大綬章を明治天皇より贈られています。

日露戦争の第1回の戦時国債は1,000万ポンドが必要でした。これを日本は獲得できずにいました。ある銀行家の晩餐会で高橋は、隣席したシフから「日本兵の士気はどのくらい高いか」などとの質問をうけ、高橋が応答すると、翌朝500万ポンド公債をシフが引き受けることが伝えられました。

連投25 RT @IWJ_ch1 25.岩上「ちょっと、イスラエルの話に戻らせてください。日露戦争の際、日本はジェイコブ・シフを通じて借金をして戦ったわけですね」。板垣氏「日本はロシア兵の捕虜を管理する際、ユダヤ系は分けていました。当時は、ユダヤのことも考えていたんですね」

ついに巨大な借金を背負ったニッポン

1904年5月、日本は戦時国債を発行することに「成功」した

以後日本は3回にわたって7,200万ポンドの公債を募集、シフはドイツのユダヤ系銀行やリーマン・ブラザーズなどに呼びかけ、これも実現しました。日本にとっては単純な戦時国債調達は、相手にとってはもっと大きな意味を持っていたのです。

日本がロシアと戦争をしようとしていたとき、シフらは、ソビエトの成立を経済支援していました。ユダヤ人を迫害した帝政ロシアに対する敵意があったとも言われています。

実は30年戦争以降の全ての国際戦争でユダヤ系資本が戦費調達に使われていました。彼は、見込みのない戦争を見込みのある戦争にすることで『相場操縦』を行うことに成功したのです。

日露戦争で日本国民は末代まで続く借金だけを負った。膨大な富を得たのは、ユダヤ人銀行家だった。

粗悪な石炭しか積めなかったので、吐き出す黒煙の量が多い。ロシア海軍は、戦力は日本海軍の三倍あったといわれています。

バルト海からはるばる日本海まで出兵したために負けた、などと言われることもあります。これは、後に米国がパナマ運河建設を強く望んだ理由になりました。

異例のニッポン大勝利

たしかに、異例の圧倒的な勝利ではありました。しかし、そもそも日本軍は実力よりもはるかにカネを借金で用意して戦争に臨んでいたのです。

シフの帝政ロシア打倒工作は徹底しており、第一次世界大戦の前後を通じて世界のほとんどの国々に融資を拡大したにも拘らず、帝政ロシアへの資金提供は妨害した

1917年にレーニン、トロツキーに対してそれぞれ2,000万ドルの資金を提供してロシア革命を支援した。経営者一族がシフの縁戚となっていたファースト・ナショナル銀行ニューヨークは、ロックフェラーのチェース・マンハッタン、J・P・モルガン・アンド・カンパニーと協調して、ソビエトに対する融資を継続していました。

ロシア革命とユダヤ人の解放

日本は当時敗戦すると言われていたため、国債金利は高く設定しないと買い手がつかない状態にありました。

ロシア革命によるソビエト成立も、実態は完全なロシア人民衆の革命ではありません。迫害されるユダヤ人の解放運動という側面もありました。

ソビエトの初代閣僚の顔ぶれには、本来わずかな人口比率を占めるに過ぎないはずのユダヤ人が多く含まれていました。

わが政府は、シフがしたことをけっして許しも忘れもしない。彼ひとりがアメリカ市場における日本の資金獲得を可能にした。海外でわれわれに敵対するもっとも危険な人物である

出典1911年ロシア大蔵大臣ココフツォフの発言

帝政ロシアの大蔵大臣は、シフを敵として認識していました。彼は明確にロシアの体制を破壊する目的で投資活動を行っており、それは世界中で認知されていたのです。理解しようとせず、あるいは理解しても、道具として利用されることを選んだのは日本人でした。

日露戦争後、賠償金を得ることもできなかった日本

1904年から1906年にかけ合計6次の外債発行により、借り換え調達を含め総額1万3000ポンド(約13億円)の外貨公債を日本は発行した。

結果的に当時のカネで膨大な負債を積み上げた日本は、日露戦争後ロシアから戦争賠償金を得ることができませんでした。実際の所、シフはソビエトにも貸し付けており、ロシアは滅亡する運命にありました。

ユダヤ人によるソビエト連邦は成立した。シフは日本とソビエトの両方の国民から、負債を取り立てる立場になったのです。

日露戦争に「勝利」した日本、だが、ロシアよりはるかに多くの戦死者が発生したのは日本だった。しかし、日本は日露戦争で賠償金を得ることさえなかったのである。

日本海海戦に勝利した日本海軍、風刺画では殴られる役回りになっています。

日露戦争の死者
戦死者 日本 88429人 ロシア 25331人
病死者 日本 27192人 ロシア 11170人

人的損失も経済的損失も日本のほうがはるかに大きかった日露戦争。たしかに日本は大国ロシアと戦争をしました。国家予算の60年分という借金をして戦った戦争は、プロパガンダの材料にする程度の価値しかなかったのです。

鉄道王ハリマンは、シフとともにポーツマス条約締結直後に訪日して、1億円という破格の財政援助を持ちかけて、南満州鉄道の共同経営を申し込んでいます。彼の資金的な背景はジェイコブ・シフでした。

1905年にポーツマス条約で獲得した奉天以南の東清鉄道の日米共同経営を規定した桂・ハリマン協定を結びましたが、小村寿太郎外相の反対により破棄されました。
米国は、日露戦争における漁夫の利を狙っていたのです。

当時、ハワイ、キューバ、フィリピンと領土を西へ拡げていたアメリカ合衆国の照準は東アジアに向いていました。日本の非積極的な対応にアメリカの対日政策は硬化します。ハリマンの息子は、のちに駐ソ外交官として、太平洋戦争末期のソ連の対日参戦に関与、トルーマン政権で商務大臣に上り詰めます。

戦争がマネーゲームになっていた

17世紀には、すでに戦争はマネーゲームになっていた。

三十年戦争は、ボヘミアにおけるプロテスタントの反乱をきっかけに勃発し、神聖ローマ帝国を舞台として、1618年から1648年に戦われた国際戦争でした。
「最後の宗教戦争」、「最初の国際戦争」と言われています。

この戦争ではオーストリア・ハプスブルク家の宮廷ユダヤ人ヤコブ・ハセヴィが、資金を動かしていたことが知られています。

歴史の教科書の裏でマネーゲームが行われていた

30年戦争以後のすべての戦争の資金はユダヤ人が供給したとも言われています。戦争資金の供給源となっていたため、ドイツだけでなくヨーロッパ全域で「ユダヤ人問題」として議論されていたという一面もあるのです。日本の歴史の教科書から、「なぜユダヤ人問題が議論されていたのか」という点が完全に欠落していることは興味深いことです。

30年戦争(1618年-1648年)以降、太平洋戦争まで全ての国際戦争はユダヤ系資金によって行われた。

もともと、封建的社会で生活していたヨーロッパ人やアジア人は投資や保険の概念が欠落していました。一方、北半球全域に分布し、国を持たず、財産の保証を持たずに生活していたユダヤ人は独自に株式や海上保険といった仕組みをどんどん成立させていました。ところが、西欧が資本主義化すると、ユダヤ人は結果的に富を急速に成長させることになったのです。

ナポレオン戦争に始まる諸国民の革命によって民族主義が台頭すると、1800年代にはユダヤ人問題としてヨーロッパ全域で深刻に問題視されることになりました。このことをユダヤ人が「再発見」されたとも言います。

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このまとめへのコメント4

  • bhnjmkさん|2013.09.28

    おもしろい角度から見ていると思うが
    かなり偏った見方もある
    まぁこうゆう風にみれる人が増えると
    いろんな議論ができて国が発展すると思うが

  • palezioさん|2013.09.19

    日露戦争の戦時国債は英国ポンド建てです。

  • msyaanさん|2013.09.06

    借金が原因で戦争・・・ちょっと考えられない。
    債務残高を減らしたければ、新通貨を発行して返済すれば問題無い筈だし

  • suntyandesuさん|2013.05.26

    【借金漬けで】昭和61年まで日露戦争の借金を返済しつづけた日本【太平洋戦争】
    記事を読み、自分の無知に唖然としました。こういった情報はどこから集めていらっしゃるのでしょうか?またこの支払は日本政府でしょうか?それとも財務省でしょうか?金利はいくらだったのでしょうか?支払先はアメリカ政府?それともアメリカのユダヤ人でしょうか?よろしければ教えてください。

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