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グルメで変人…「水戸黄門」の本当の素顔

誰もが知ってる時代劇の名作「水戸黄門」。もちろんフィクションですが、実在の黄門さまもすごく変な人だったようです。

更新日: 2013年03月11日

Nanahoshi14さん

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誰もが知ってる「水戸黄門」

水戸黄門(みとこうもん)は、権中納言であった江戸時代前期の水戸藩主・徳川光圀の別称であり、彼が世直しのために日本各地を漫遊したという物語の題名でもある。

黄門様たちが全国各地を旅しながら、悪い奴らをやっつけていく。

水戸黄門(光圀)は本当に諸国を旅したのか?

水戸藩が位置する茨城県、鎌倉など神奈川県、栃木県、千葉県の一部に文化事業のために行脚した記録は残っているようですが、関東地方を出る事はなかったようです。

徳川光圀が旅をした範囲は水戸と江戸のほか、勿来、日光、銚子、鎌倉、熱海といった範囲です。

とにかくグルメ!

水戸黄門でグルメといえば、うっかり八兵衛のイメージですが…。

日本の歴史上、最初に光圀が食べたとされるものは、ラーメンをはじめ、餃子、チーズ、牛乳酒、黒豆納豆がある。

当時、将軍の食卓のタブーとされていたニンニクもラッキョウも、ウリ、モモ、リンゴ、スモモ、ツル、カモ、フナなどなどを光圀はどれもこれもみんな食べているのである。

鮭も好物であり、カマとハラスと皮を特に好んだ。

堂々と肉食する光圀。当時としては相当のチャレンジャー、いや、言葉を飾るのは止めましょう、ゲテモノ喰いの人ですよね・・・。

ラーメンが好きすぎて自作を始める

日乗上人日記によると、1697年6月16日、光圀は朱舜水の伝授した麺を自ら作って家臣に振舞っています。そして、できるだけ美味しく食べるのに、必ず五辛を添えるように勧めました。五辛とはショウガ、ニンニク、ニラ、ネギ、ラッキョウのことで、中国では、五臓の気を発するといわれています

生類憐みの令にマジギレ、将軍綱吉に犬の毛皮を送りつける

えええ…何やってるんすか…

水戸黄門こと水戸光圀は、「生類憐れみの令」の非を鳴らすべく、将軍綱吉に「上質な犬の皮20枚」を送りつけたという。

光圀は「生類憐みの令」に批判的でしたが、さすがに将軍・綱吉に真正面から反対意見をぶつけることはできませんでした。ゆえにこのような暴挙を間接的に諌めるのと同時に、光圀の憂さ晴らしの意味合いもあったと考えられます。

文化が好きすぎて財政悪化を招く

大日本史の編纂を中心とした水戸学の推進は光圀時代に財政悪化を招き、愛民思想とはかけ離れた八公二民という過酷な超重税をかけた。

藩財政の悪化を招き、ひいては領民への負担があり、そのため農民の逃散が絶えなかった。

とにかく、変わった人だったようですね…

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