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君は比叡山延暦寺の荒行「千日回峰行」を知っているか?

密教で知られる比叡山延暦寺には、失敗したら「死ななければならない」という恐ろしい不文律がある荒行「千日回峰行」というものがあります。7年かけて行うこの修行、過去には酒井雄哉・北嶺大行満大阿闍梨が2回満行(修行を成功)しています。

更新日: 2013年03月22日

mii10さん

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●厳しい修行で知られる天台宗の総本山、「比叡山延暦寺」

天台宗の総本山、比叡山延暦寺。

厳しいといわれる延暦寺の修行の中でも特に厳しいとされるのが「千日回峰行」。

比叡山には、山中や京都市内を、7年がかりで千日間、計約4万キロ歩く「千日回峰行」という荒行がある

●1日30キロを6時間で歩く「千日回峰行」

修行をする行者は無動寺谷で勤行のあと、深夜二時に出発。真言を唱えながら東塔、西塔、横川、日吉大社と二百六十箇所で礼拝しながら、約30キロを平均6時間で巡拝する。

1〜3年目は年100日、4〜5年目が年200日の修行となる。5年700日の回峰を満行すると「堂入り」が行なわれる。

6年目はこれまでの行程に京都の赤山禅院への往復が加わり、1日約60キロの行程を100日続ける。7年目は200日ではじめの100日は全行程84キロにおよぶ京都大回りで、後半100日は比叡山中30キロの行程に戻る。

▽1000日間ひたすら歩き続ける荒行

雨の日も嵐の日も、ひたすら夜中に寺を出て、比叡山中を歩き、午前中に寺に戻る

合計1000日間、歩く距離は地球1周に匹敵する4万Kmにも及びます

毎日の睡眠時間は三時間余り。食事は一日二食、少量の精進料理を取るだけ

▽失敗したら「死ななければならない」という恐ろしい不文律

病気になっても、一日たりとも休むことを許されず、失敗したら「死ね」という不文律のある荒行

行者は途中で行を続けられなくなったときは自害するという決意で、首を括るための死出紐と呼ばれる麻紐と、両刃の短剣を常時携行する

▽荒行のクライマックス「堂入り」では断食・断水に加え、眠っても横になってもいけない

5年700日の回峰を満行すると「堂入り」が行なわれる。入堂前には行者は生き葬式を行ない、無動寺谷明王堂で足かけ9日間(丸7日半ほど)にわたる断食・断水・断眠・断臥の行に入る。

延暦寺 - Wikipedia http://p.tl/9m39

行者は回峰七百日を満行すると、すぐその日から無動寺谷・明王堂に篭り、九日間、断食・断水・不眠・不臥の行に入らなければならない

食事と小用を足す時以外には、座れない。食事は愚か水を呑むことも許されない

通常、人間が断食・断水状態で生きられる生理的限界は3日間とされていることを考えれば、信じがたいほどの苦行といえる

この修行中に亡くなった修行者もいるので「生き葬式」と呼ばれる

▽満行すると「北嶺大行満大阿闍梨」に

「千日回峰行」を満行すると「北嶺大行満大阿闍梨」となる

長い歴史を誇る延暦寺の記録でも、満行者は47人である。またこの行を2回終えた者が3人おり、その中には存命中の酒井雄哉大阿闍梨も含まれる

●この「千日回峰行」を2度行った酒井雄哉・北嶺大行満大阿闍梨

酒井雄哉師は、大正15年9月5日生まれ、千日回峰行を始めようと決意したのが、昭和50年4月7日、49歳のときであった。

戦後この千日回峰行を満了した僧は7人。そのほとんどが、30代にこの修行を行っている。

酒井雄哉大阿闍梨の世界より - GAIA http://p.tl/9a-q

1973年(昭和48年)より千日回峰行を開始し、1980年(昭和55年)10月に満行

酒井はこれに満足せず、半年後に2度目の千日回峰行に入った。そして、1987年(昭和62年)7月、60歳という最高齢で2度目の満行を達成

▽「千日回峰行」を語る酒井雄哉・北嶺大行満大阿闍梨

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