53才の時、昭和50年、永住を心に決めてブラジルへ渡る。
喧嘩すると勝たなきゃいけない。だから、離れることを選んだ。喧嘩したくないから。自己満足かもしれませんけどね。
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その後の小野田さんがどんな思いで日本を見ていたか。「生まれてきたからには死ぬのは嫌です」そんな当たり前な言葉なのに説得力があります。小野田さんの考え方に触れることで日本の戦前・戦中・戦後・現在そして未来までを考えさせてくれます。
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