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マザーハウス山口絵理子についてまとめ

山口 絵理子は、日本で注目される若い実業家で、バングラディッシュの工場でバックを生産して、日本で販売を手がけるバッグデザイナーです。マザーハウスという会社の代表をしており、国際的なビジネスマンとして活躍されておられます。

更新日: 2013年03月15日

nobuyuki5さん

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マザーハウス山口絵理子

1981年埼玉県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業、バングラデシュBRAC大学院開発学部修士課程修了。大学のインターン時代、ワシントンの国際機関で途上国援助の矛盾を感じ、アジア最貧国「バングラデシュ」に渡り、現地の大学院に進学。「かわいそうだから買ってあげる商品じゃなく、商品として競争力があるものを途上国から世界に発信する」という理念のもと、大学院卒業と同時に24歳で起業し、「株式会社マザーハウス」を設立。

NHKの「ようこそ先輩」にデザイナーとして出演して、小学校を訪問しています。

いじめられた経験をバネに

山口さんは、実は小学校のとき、一度も給食を食べたことがなかった。
男の子たちに取り上げられていたのだ。
いわゆる、いじめられっ子で、不登校にもなった。
彼女は、給食の味を知らずに卒業したそうである。
その反動から、中学で非行に走った。警察に何度もお世話になった。
ただ、すぐに、「こんなことしてはだめだ」「もっと強くならないといけない」
と気づいた。

バングラディッシュでバッグを生産して、日本で販売

過酷なバングラディッシュでの生活

頼み込んで大学院の入試を受けさせてもらい、何とか合格。それからすぐに日本に戻り、大学を卒業するまでバイトをしまくりました。両親には、「好きにしなさい。でも、卒業後の支援はしない」と言われましたから。無事大学を卒業し、再びバングラデシュに戻った私は、まずひとり暮らしをするためのアパートを探しました。そして、昼間は日本商社の現地事務所でインターン、17時半から22時半までが大学院の授業、夜はリキシャで帰宅する、そんな毎日がスタート。ダッカでは18時以降、女性の外出が禁止されていたので、夜道がものすごくこわいのです。だから常に、催涙スプレーや防犯スプレーを隠し持っていました。

出典greenz.jp

大量生産ではなくて、1つ1つ手間をかけて手作りするというスタイルが主流です。

働く工員の給与水準は高い

バングラデシュにある「マザーハウス」の自社工場では、現在45人が働いていますが、彼らの給料は、この国の一般的な額の約2倍から。技術の向上に応じて報酬がアップする上、自分たちのアイデアも活かされるため、工員は皆努力を怠らず、中には終業後、自主的にミシンの練習をする方もいるそうです。そこにあるのは、「もっといいものを作りたい」という、これまでの労働環境の中では抱けなかった気持ち。アジア最貧国と言われるバングラデシュで、「マザーハウス」のバッグ作りは人々の自尊心も育んでいるのです。

発展途上国にて「品質の良いバッグ」を作る事が大切という考え

先進国は、チャイナ+1(中国の補佐的製造)の、安かろう悪かろうというレベルの製造工場として、バングラデシュに発注します。それはバングラデシュが、賃金が安くて素材も安いから。でもそれは、仕事を発注する側の都合です。できる、できない以前に、やらせてみよう、良い製品を作ろうと思う人たちが皆無だったのです。もちろん、政治にも、大量生産型のビジネスにも問題があるわけですが、そうした現実に対して、誰かが「この人たちはもっとできる」ことを証明してみせたら。もしかしたら、そうした流れが変わるかもしれないと思ったのです。

マザーハウスでは、手製にこだわった非常に質が高いバッグを提供しています。1個数万円というバッグですが、ビジネスマンやOLに人気です。

東急ハンズにもバッグを卸すようになる

最初は家族や親族、友人に買ってもらうことから始めました。その後、バッグを扱っていそうな路面店に飛び込み営業をスタート。でも私、何もわかってなかった。卸販売の場合、かけ率があるんですよね。「じゃあ、定価の50%なら仕入れるよ」とか言われて、「何で半分も取られないといけないの」って、最初は本気で憤慨していましたから(笑)。それでも、バングラデシュの工場スタッフの笑顔を考えながら営業を続けました。その後、縁あって東急ハンズさんに扱ってもらえるように。

マザーハウスというバッグの会社を設立

力強い共同経営者の山崎大祐氏(副社長)の存在

山崎さんは、当時ゴールドマン・サックスでエコノミストとして活躍していました。卒業後も、いろいろと相談に乗ってくれ、彼はマクロの視点で、私はミクロの視点で、経済について考えていました。バングラデシュで大学院に行くことも、バッグを作ることも、周囲はみんな反対でしたが、彼だけはいつも「いいんじゃないか」と応援してくれていました。

彼は、会社を共同で設立した後も1年間ゴールドマン・サックスで仕事をしていましたから、マザーハウスのことを話し合うのはいつも深夜のファミレス。

慶応大学4年生の時に山口さんと出会って、その後にゴールドマンサックス証券で4年間エコノミストとして仕事して、マザーハウスの創業に関わり、副社長として活躍しています。

山崎大祐氏(副社長)は、元ゴールドマンサックスのエコノミスト

株式会社マザーハウス副社長の山崎と申します。どうぞよろしくお願いいたします。山口との出会いは、私が大学4年のとき、山口が大学3年のときでした。竹中平蔵(日本経済研究センター特別顧問、慶大教授)先生のゼミで出会って、そのときに山口から開発の話を聞きました。私自身もそういうことに興味がありましたが、卒業後はゴールドマン・サックス証券で4年間、エコノミストとして仕事をしていました。

創業6年目にして日本国内9店舗、台湾3店舗を展開

先日、東京でマザーハウス副社長の山崎大祐さんと2人で酒を飲んでいた時、彼がふと口にしたセリフだ。創業6年目にして日本国内9店舗、台湾3店舗を展開する同社は、社長の山口さんも副社長の山崎さんも30代初めで、若さみなぎる活躍をしている。

 「台湾では山口はデザイナーとして評価されるんです。いや、実を言えば、日本でも通りすがりのお客さんが半分近くです。マザーハウスのことを全く知らず店を訪れて商品を買って下さる方ですね。それはデザインへの評価が決して低くないということだと思うのです」

マザーハウスという会社名は、「マザーテレサ」に由来するそうです。

日本人向けにバングラディッシュを紹介

現地でバッグの製作を行うという体験ツアー

そこで、実際に現地でバッグの素材の調達・デザイン・制作を経験していただく中で、途上国で「モノづくり」をすることの難しさ、楽しさ、そして可能性を感じていただけるような機会を設けたいという思いから、このツアーを企画いたしました。

他では決して経験できない、リアルなモノづくりの世界がそこにはあります。私たちと一緒に、途上国から新たなストーリーをつくりませんか?

HISと共同で「発展途上国を見つめる旅」としてバングラディッシュのツアーを企画したりもしています。

今後のマザーハウスについて

自己否定を繰り返しながらの前進

マザーハウスの7年間は本当に自己否定の繰り返しです。頑張って開拓してきた10店舗との契約を全部やめて、卸売りから直営店に切り替えていったときもそうでした。言うことを聞かない外部工場から自社工場に移ったときもそうでした。「本当にこれでいいのか」「これが最終ゴールか」と否定して次に進んでいくというプロセスです。私はそれをカルチャーにしたいと思っています。

更なるグローバル展開を目指したいと意欲的

口をすっぱくてして言っていることなんですが、もっともっとグローバルな展開をしていきたいですね。起業当初から、そもそもバングラデシュのバッグ屋さんをやるつもりはなかったんです。「途上国の可能性を先進国に伝えたい」。そういう思いから始めたビジネスなんですよね。でも、そう言っているにもかかわらず、バングラデシュでしかバッグを作っていないし、ましてや日本でしか売っていない。この現状に対しては、すごく悔しいんですよ。

今現在、アメリカとヨーロッパでの販売に向けて少しづつ動き始めていて、年内には絶対にスタートラインに立ちたいと思っているところ。

自分思考というタイトルで書籍も出版しています。その中に山口 絵理子さんがバングラディッシュで苦労した内容なども書かれています。

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nobuyuki5さん

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