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ユベントス★☆★ 2000年代ベストイレブンはこれだ!!!

華々しいユベントス復活を遂げた90年代とは打って変わって、八百長疑惑とセリエB降格に見舞われた2000年代。それでも数々の名プレーヤーを排出し続けました。"30 in campo"-フィールドでは30スクデット獲得。ユベントスのユニホームに書かれた言葉は、彼らの変わらぬ誇りを象徴しています。

更新日: 2013年04月01日

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五弦さん

10番 FW:アレッサンドロ・デルピエロ

93年夏に18歳の若さでパドヴァからユベントスに移籍して以来、ほぼ20年間ユベントスでプレー。そのアーティスティックなプレーを評して、オーナーのアニエッリ氏はルネッサンスの画家「ピントゥリッキオ」のあだ名を冠しました(ちなみにバッジォは「ラファエッロ」だったそうな)。ゴールに向かって左斜めの位置から美しい弧を描いて決まるシュートを数多く決め、「デルピエロゾーン」として有名になりました。ちなみに下は、彼を一躍有名にした最初の名ゴール。
皆に好かれ尊敬されていた新のカンピオーネ、声が少々高いのはご愛嬌? 513試合に出場、208得点を記録。ヴェネト州トレビーゾ出身。

デビュー当時の衝撃的ゴール。
前半ホームで0-2で負けていたのを3-2にひっくり返した試合でしたが、その3ゴール目がこれ。89分での劇的ゴール。

17番 FW:ダビド・トレゼゲ

ユーベ在籍は2000~2010年という、まさに2000年代を象徴するアタッカンテ。モナコから移籍して以来、実に245試合に出場、138ゴールを決めました。190cmの長身細身ながらボールコントロールも確かで、スピードのある飛び出しからの鋭いシュートはどんな距離からでも正確にゴール枠を捉えました。
2006年のカルチョポリ(八百長疑惑)でセリエBに降格した時に、引く手あまただったにも関わらずユーベに残留。この時に残留したプレーヤーたち(他にデルピエロ、ネドベド、カモラネージ、ブッフォン等)は、今でもティフォージの心の中に強く熱く残っています。フランス、ルーアン出身。

11番 MF:パベル・ネドベド

90年代は5シーズンラツィオに在籍、すっかりラツィオの顔だと思っていたら2001年にユーベが獲得。ラツィオに売っ払われたことに不満タラタラでやってきた彼ですが、それから2009年の引退まではユーベで大活躍、2003年にはバロンドール(欧州最優秀賞)まで獲得しました。疲れを知らない運動量、確かな技術、特徴的な金髪と熱い咆哮は、すぐにユベンティーノの心を掴みました。
新スタジアムの1セクションには彼の名が冠されていますし、2010年からはユーベのトップ11人幹部の一人に。まさかここまでユベンティーノになるとは...。旧チェコスロバキア、Cheb(ヘプ、現チェコ共和国)出身。

16番 MF:マウロ・カモラネージ

2002~2010年まで在籍。ベローナから移籍後すぐにリッピ監督の信頼を得、不動の右サイドとして長く君臨することになります。彼もまた、2006年セリエBへの降格の際にユベントスに残留することを決めた一人で、ユーベティフォージからは絶大の信頼と人気を得ていました。
2003年にはイタリアに帰化した外国人としては40年ぶりにアズーリ(イタリア代表)に選出。2006年にはW杯メンバーとして優勝を味わいました。優勝したら断髪すると宣言し、優勝後フィールドでチームメイトから髪を切られていましたね。アルゼンチン、タンディル出身。

20番 MF:アレッシオ・タッキナルディ

あのデルピエロをして「タッキの方が僕より上手いよ」と言わしめた、デルピエロとは同い年のプレーヤー。派手な活躍をしたイメージはあまりないですが、安定した技術と視野で2005年までの10年間ユーベの中盤の底を指揮しました。
現在は監督業に移っていますが、地元のクレーマでは飲食店のオーナーもやっています。そのお店で見かけた時は、普通の気のいい兄ちゃんでしたね。ロンバルディア州クレーマ出身。

8番 MF:エメルソン

ユベントスでプレーしたのは2004~2006の2年間だけですが、その類まれな技術とプレースタイルで2期連続の優勝に貢献しました(その両方が後に剥奪されましたが...)。基本的にユーベではブラジル人はあまり活躍しない傾向があるんですが、彼は結構ハマっていました。珍しい。
ユベントスの後はレアル・マドリッド、ミラノを経て本国のサントスに移籍。それでもユベントス時代のプレーが一番良かったのではないかと思っています。ブラジル、ペロタス出身。

21番 DF:リリアン・テュラム

2001年、ブッフォンと共にパルマから移籍。後に加わるカンナバーロと共に、この旧パルマトリオは2000年代のユベントスの守備を鉄壁なものにしました。しかし移籍当初はミスが続いてあまり評判が良くなかった。リッピ監督はそこで彼をそれまでのサンターバックから右のテルツィーノ(サイドバック)にコンバート。これがぴたりとはまり、以降サイドの黒い仁王として長く君臨しました(まぁ私のイメージですが)。
非常にインテリジェントなプレーヤーで、常に落ち着き払っていた印象があります。2006年にバルセロナに移籍、そこでキャリアを終えました。フランス、ポワンタピートル(Pointe-à-Pitre)出身。

3番 DF:ジョルジオ・キエッリーニ

このリストの中では、ブッフォンと並んで今もユベントスの第一線でプレーしている数少ないプレーヤーの一人。若い奴だなぁといった印象もひと昔、今やユーベだけでなくアズーリにもなくてはならぬ存在にまで成長しました。もともとはセンターバックですが、コンテにより昨シーズンからは左サイドバックとしての才能も開花させています。今の真ん中はボヌッチとバルザッリで堅牢なので、うまいことはまったものです。良かった良かった。
イタリアのバラエティ番組なんかに出てる時はなかなかのひょうきん者。ピサ出身。

28番 DF:ファビオ・カンナバーロ

2006年W杯の活躍でバロンドールも獲得した、2000年代イタリア代表屈指のディフェンダー。身長は175cmと小柄ながら、判断力の速さとポジショニングの良さで相手のチャンスをことごとく潰してくれました。1対1の強さも目を見張るものがありましたね。90年代初期のバレージを思い出した人も多かったのではないでしょうか。
ユーベには2004~2006年の2年間在籍、レアル・マドリッドで3年過ごした後に1年だけユーベに戻ってプレーしました。笑顔になるとフニャっとなる憎めない色男で、イタリア国内でも女性に抜群の人気がありました。彼自身は家族大好き男みたいです。ナポリ出身。

19番 DF:ジャンルカ・ザンブロッタ

2006年までの7年間をユベントスでプレーした、2000年代を代表する右サイドバック。イタリア代表でもその存在感は大きく、その突破力で2006年W杯のイタリア優勝に大きく貢献しました。
B降格のタイミングでバルセロナに移籍しましたが、その後のミランも合わせてユベントス在籍時程のインパクトは残せませんでした。つい最近コモの監督になったらしいです。ロンバルディア州コモ出身。

1番 GK:ジャンルイジ・ブッフォン

「ジジ」の愛称でユベンティーノはもちろん、イタリア人から慕われるイタリア歴代有数のGK。史上最高の呼び名も高い彼は、今もってユベントスとイタリア代表の不動の守護神であり、キャプテンでもあります。パルマから2001年に移籍して以来、数多くのスーパーセーブを披露(下の動画参照)。熱いキャプテンシーと陽気で楽天的な性格も手伝ってか、世界中にファンの多いプレーヤーです。ちょっと馬面とは言え、かっこいいですしねぇ。
17歳の若さでパルマでデビューした彼も居間や35歳。まだまだ現役を続けて欲しいものです。トスカーナ州カッラーラ出身。

監督:ファビオ・カペッロ

実際にユベントスを指揮したのは2004~2006の2シーズンだけですが、その両方を優勝で飾り名監督ぶりを見せ付けました。実際はその両方のタイトルを剥奪されることになるんですが^^;、ミラン、ローマ、レアルマドリッドで数々のタイトルを獲得した手腕を疑う術はないでしょう。チームの規律を重視するガチンコぶりは、マンUのファーガソンに勝るとも劣りません。
昨年までイングランドの代表監督をしていましたが、FAが選手選考に口を出したのにキレてとっとと辞めてしまったのも有名です(ファーガソンは案の定拍手を送っていた)。現ロシア代表監督。フリウリ‐ヴェネツィア・ジュリア州、サン・カンツィアン・ディソンゾ出身。

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