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宅間守の生い立ち【附属池田小事件】

2001年6月8日、大阪教育大学附属池田小学校に刃物を持った男(宅間守・当時37歳)が乱入。児童8人が死亡、教師を含む15人が重軽傷を負った。

更新日: 2017年06月11日

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宅間守の獄中手記

最後の公の場となる法廷で是非を言いたいことがあった。それを弁護士が、裁判長にたのんだが聞き入れられず、直接交渉するに及んだ、「何や法衣、 着てえらそぶりやがって」という気持ちが強く、今までの後半では、検察の パフォーマンス通り、遺族にはボロンチョンに言われたりして、まあプスプス 刺し殺したのはワシやから辛抱しといたろという気持ちがあり、おとなしく していたが、最後には、言いたい事をいわせてもらおうと裁判長に食い下がった のである。

そして「退廷」と言われた。その瞬間「これで楽出来る」と思った。裁判所の房に還って、寝転がっていられるからだ。と同時に、看守に連行される数秒の間に一番言いたかった事を傍聴席に浴びせてやろうと思った。

まあ、結果オーライではなかったかなと自分では思う。法廷やから判事やから一日おいたりせえへんでぞというワシのスタンスにも合致して、あれは、あれでよかったとおもう。


次に死ぬ事は怖くないとの事だが、正直、一番のワシにとっての快楽だと思う。
そりゃ、天神川の大ケガがなく、安定した又は、自営業でも、利は薄くとも安定した職でもあり、ベッピンの嫁はんでもいたら、私特有の不快な思いをしながらも生きて、むしろ普通の人間よりも死なないように、バイクの乗るのをやめたり、他出来るだけ不慮の事故で死なないように気をつけて生きていたのではないかな。

しかし、大ケガの後遺症、シャバにいるやつ(数十人)への恨みから、早くおさらばしたい気持ちで一杯です。今度(よた話になるが)生まれてきたら、金持ちのボンボンで、中の上の知能で3流私立医大へ行き、内科医になって、トラブルで殺されたりしないよう気をつけて、ベッピンの女と◯◯◯◯をしまくりたい。まあ今生でも◯◯◯◯はしまくったが・・・・・・

死ぬ事は全く恐くありません、まあ、どう解放されてもいいが。
年間3万数千人、自殺するんですよ「ホンマは、宅間、死ぬのんびびっとるで」という人がいるとは思うが、そしたら年間3万数千人の自殺は何なのだ。あんまりワシに憎まれ口を叩くな。人の一生なんて、偶然的な心臓の連続鼓動でしかない、人間なんか、いつ死ぬか解らんし、プツーと刺されたり、ちょっと殴られただけでも死ぬときもある。


これでよかったのだ。これで、私は、生まれて来たのが間違いだったのだ。
しかし、宝くじ3億当たっとたら、今回のブスブス事件は起こしてないよ。やはり金なのかな、イライラカリカリしていても、温泉につかり、マッサージされて、美人に酌でもしてもらったら少しはおだやかになれるだろう。やはり、皆が言うように金だな、世の中は金、世の中は金。金があれば美人の嫁も買える。

犯罪者諸君は思っているのでないか、「宅間はバカだな、あんな事するんだったら、大口のタタキ5回出来るぜ」と、しかし、強盗君よ、「おまえらとワシは価値観が違うのだ、成功すれば一億失敗すれば10年、ワシはそのリスクは困ります」

話変わりますが、あんな親から出来ていたら、こうなりまっせと言いたい。
ワシが悪いんじゃない、全て親が悪いのだ。その親の家のガラスが一枚も割れていないとは、ワシには理解できません。ジロジロ見る奴、わざとイヤキチする奴、もううんざりです。

私は、ヘビースモーカーでね、焼き鳥に生ビールぐいもしたいけど、ロングピースをおもいっきり吸い込んでみたいね。まあ、よほどへそ曲がりな看守じゃない限り死刑執行の前日はタバコを吸わせてくれると思うけど。

遺族は、国から7500万もらってホクホクですな。よろしいな、自分の子供に保険金かけて、殺す親もいるのだから、転り込んだ7500万円よろしいな、
もうワシは後、確定するだけです、そして執行。6ヶ月以内に執行されるない恐れがある場合は、刑訴法475条をたてに法務大臣を訴えるつもりです。遺族が「早急に執行を」とする記事を読みましたが、願ったりかなったりです、遺族も法務省に何らかの圧力をかければいいのです。私は死にたい、うんぬんよりも、悔しいこと、無念な事、出来なかった事、やられた事、だまされた事、お腹の赤ちゃんを殺されたこと、等々、不快な思い、辛い境遇をシャットアウトしたいのです。不快な思いから逃げたいのです。いや逃げたいというか、もう恨みつのりの人生をうんだのです。

後は看守に嫌われんように仲良くして、吊るされるのを待つだけです。それと遺族は「私に死ね死刑!!」といっているが、一体自分達は何百年生きるつもりなのだ、遺族も後、正味、20年から30年でしょうが、ワシが、一年以内に死んでも、20年、30年あっという間なのに、何を「死ね死ね」と死が、特別の何というか、死を過大に評価しすぎていると思う。

人生は、人にもよるが、60年、後は感覚も快楽感も鈍り、頭の回転がひたすら悪くなり、現実的な死は70だ、女は現実的死は閉径だ。湯川なんとやらという歌手の歌で「人生半分50で始まる・・・」とあるが、バカか、50やったら人生の7分か8分か過ぎているではないか、100まで生きる人間もいるが、60から感性も体力もよぼよぼで、70以後は、ただ惰性で大なり小なりボケて、臭い口臭をハーハーやりながら老害をまきちらして生きているだけではないか、

追伸
人生は昔も今も50だ。よく覚えとけ。

http://yomi.mobi/read.cgi/dubai/dubai_rongo_1232889134/113-114

獄中結婚、心境の変化へ

この事件の判決確定後、被告人は支援者の女性と出会い、文通を経て獄中結婚をした。晩年は被告人自身の姓を女性の姓に改名している。この他、愛知県出身の既婚女性から愛情の告白を受けており、その女性とも文通を行っていた。

最初は愛情や支援に対して頑なに心を閉ざしていた被告人だったが、自分に対する理解者が現れるに連れて、少しずつ彼女に対して心を開いていく。執行に際して、妻に対しては感謝の気持ちを表すまでには至った(後述)ものの、事件によって犠牲になった児童や、被害者の遺族への謝罪は一切無かったとされる。

死刑の確定した後

平成15年8月28日、大阪地方裁判所にて死刑判決が下る。9月10日に弁護団が控訴するが、9月26日に宅間の意思で控訴が取り下げられ、死刑が確定する。

刑事訴訟法第475条 第2項に「死刑確定後は6ヶ月以内に死刑執行される。」という意味の条文がある。
本気か精神傷害のせいかは分からないが、宅間はこの条文に基(もと)づいて、死刑の早期執行を望んでいた。

弁護人に送った文書に
「死刑は殺される刑罰や。6ヶ月過ぎていつまでもいつまでも嫌がらせをされる刑罰ではない。すぐ殺せば(精神的)ダメージがないので、しばらく嫌がらせをしてから執行する。そんな条文があるんか。法律家ならわしの身になれや。法律を遵守(じゅんしゅ)するのが法律家の仕事やろが。」
と記載している。

現実的には、法務省で行われる死刑執行手続きは極めて慎重に行われるため、6ヶ月以内に死刑執行されることはほとんどない。

http://ww5.tiki.ne.jp/~qyoshida/jikenbo/021takuma.htm

最期、死刑執行

死刑確定から約1年後の2004年9月14日8時16分、被告人は大阪拘置所で死刑を執行された。結果的には被告人の望んだ通りの早期執行となった。
被告人が最期に残し、妻が死刑執行後に刑務官から伝えられた言葉は「『ありがとう、と僕が言っていた』と、妻に伝えてください」とされている。また、執行当日の朝食は取ることが許されなかったが、被告人は執行直前に刑務官から受け取った煙草とリンゴジュースをゆっくり味わってから、拘置所の奥へ消えていったという。最期まで遺族への謝罪は無かった。享年40。
なお、葬儀はマスコミが押しかけることと、費用面など経済的事情もあり難航し、結局は信者ではなかった大阪市内のキリスト教関係の施設で行われたという。

書籍

宅間守は2001年6月、大阪教育大学附属池田小学校で児童・教諭を殺傷した。
2003年8月、死刑判決を受け、2004年9月、死刑が執行された。
本書は、宅間守と17回面接し、精神鑑定を行った精神科医による初の著書である。
大阪地方裁判所へ提出された精神鑑定書を、ほぼそのまま収載している。

その他学内侵入犯による襲撃事件

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