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人間魚雷『回天』についてのまとめ

人間魚雷回天について歴史・構造・回天隊などをまとめたものです。このような時代・兵器があったことを1人でも多くの人に知ってもらいたいと思い作成しました。まだまだ回天そのものについては不明な部分があります。

更新日: 2017年08月15日

nojarinさん

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人間魚雷『回天』とは

回天は艦隊決戦型の駆逐艦、巡洋艦用に採用された超大型魚雷「九三式三型魚雷(酸素魚雷)」を改造したものである。
回天はこの酸素魚雷を改造して、全長14.7m、直径1m、排水量8tで、魚雷の本体に外筒を被せて気蓄タンク(酸素)の間に一人乗りのスペースを設け、簡単な操船装置や調整バルブ、襲撃用の潜望鏡を設けた。炸薬量を1.5tとして、最高速度は時速55km/hで23キロメートルの航続力があった。当初は、突入前に乗員の脱出装置のハッチがあったが「航行安定に悪影響をもたらすこと」「脱出後は敵の捕虜になること」「脱出装置自体の製作が間に合わなかった」ことから廃止された。俗説では「ハッチは外からしか開閉できない」と言われているが、実際には露頭していれば内部から手動でハッチが開閉可能である。

※回天の全長は一型は14.50m。一型改一は14.75mなので注意が必要。

人間魚雷「回天」の発案者達

同様の「人間魚雷」の原案となるものを甲標的の訓練基地である大浦崎P基地(現在の広島県呉市音戸町波多見)にいた深佐安三中尉・久良知滋中尉・久戸義郎中尉の3名も発案していました。
 甲標的の訓練を受け、その欠点を知っていた彼らは甲標的で戦局を覆すことはできないと考えていました。
 同じような考えをもっていた黒木博司中尉と仁科関夫少尉の両名も加わり、より具体的なものへと発展していったのです。
 当初は九三式酸素魚雷だけでなく電気魚雷を流用した(回天十型ではないもの・回天十型については後述します。)の図面も残されているところから、試行錯誤した上で、九三式酸素魚雷を流用するという結論に至ったのではないかと考えられます。

開発・推進に最後まで関わった二人

黒木は黒髪島沖で指導訓練中、事故によって殉職、仁科も1944年11月20日に菊水隊として伊号第四七潜水艦より他艇と共に発進、戦死している。

回天の開発・推進に力をつくした二人
黒木博司大尉(右)と仁科関夫中尉(左)

黒木大尉と樋口大尉の事故による殉死

1944年(昭和19年)9月6日、黒木博司大尉と樋口孝大尉が搭乗した訓練用回天は、悪天候の中訓練を実施したものの、水深18mの海底の泥に突入してしまい、救助までの間に艇内の酸素がもたず、酸欠によって殉職しました。
 状況等は以下の通りです

・事故発生
 9月6日17時40分に出発。蛇島に向かって針路を取り、18時に180°取舵。18時10分に潜航。
 20節で潜航、調深5mに対し実深2m、前後傾斜D2~3度、時々D4~5度となることがあった。
 当日第三次操縦訓練同乗者仁科中尉の所見で波浪大の時に、20節浅深度潜航中、俯角大となって、13m迄突込んだという報告があった。
 このことを思い出し注意しながら18時12分に浮上の命令を行なうが突然急激に傾斜・沈座。深度計は18mを示し、海底に着底、直ちに緊急停止。

「国を思い死ぬに死なれぬ益良雄が 友々よびつ死してゆくらん」

黒木大尉は原因として「今回の事故は小官の指導不良にあり、何人を責めらるることなく又之を以て、㊅の訓練に聊かの支障なからんことを熱望す」とし、その最後は取り乱した様子はなかったといわれています。
 その後、「黒木に続け」として搭乗員たちの士気を高め、搭乗員は昼の猛訓練と夜の研究会で操縦技術の習得に努め(不適正と認められた者は即座に後回しにされた)、技術を習得した優秀な者から順次出撃していきました。

回天の訓練

1944年7月に呉工廠で2基の試作がなされた回天は、搭乗員が突入直前に潜望鏡を使用して敵艦の位置・速力・進行方向を確認、これを元に射角などを計算して敵艦と回天の針路の未来位置が一点に確実に重なる(命中させる)ように射角を設定。突撃開始から命中までに要するであろう時間も予想しておく。そして潜望鏡を下ろし、ストップウオッチで時間を計測しながら推測航法で突入する。命中時間を幾分経過しても命中しなかった場合は、再度潜望鏡を上げて索敵と計算を行い、突入を最初からもう一度やり直すという戦法をとり、訓練もその方向で行われた。

回天訓練基地

■訓練基地一覧

地名・住所・開隊日・訓練開始・終戦時所有回天数 
大津島・山口県徳山市大津島・S19.9.1・S19.9.5・43基
光・山口県光市光井・S19.11.25・S19.12.1・52基
平生・山口県熊毛郡平生町田名・S20.3.1・S20.4.17・39基
大神・大分県速見郡日出町大神・S20.4.25・S20.5.23・16基

■大津島

■光基地

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人間魚雷回天や大神基地・あるぜんちな丸・空母海鷹のことを調べています。ありがたくもこれが縁でまだまだ多くありませんが、講演やラジオ出演もさせていただきました。よろしくお願いいたします。