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ホシハチカニオドル、観劇。様々な出来事をつなぎ合わせながら、「闇」の持つ意味にせまる、或は「闇」に代表される忌避されるモノへのオマージュと僕は捉えた。パフォーマーと音楽との絶妙な絡み。映像の意味。言葉の意味。いろんな見方ができる思う。t-etc.net/hoshichika.htm

「ホシハチカニオドル」演者、大槻オサムさんの魅力。男性であり女性。女性を演じるときの身体がくっきりと女性で、母性や美しさをむんむんと放っていた。生命力。世界のあちこちの傷跡を演じることで体現しながら結び目を作り孕み、産み落とし、最後には天使となって帰って行く。

森崎東作品の中の倍賞美津子みたいだった。なんて魅力的なんだろう。ずっと見ていたい。そしてチェルノブイリ=にがよもぎの森の精霊。気安い関西弁のおっちゃん口調でまくしたてる精霊の優しさ。傷を傷としていたわるのではなく、もう一つ先の生と循環に転化させて差し出すその優しさに涙が出た。

音楽の谷本抑さんのその場で音を組み立てていくヴァイオリンの生演奏。時におもちゃ、時にピアニカ、打楽器のように扱われるヴァイオリン。そっと側にいたり大きく包み込んだり、時に朗読し声を共に発したり。舞台芸術だからこそ生まれる時間と空間で、見ている間自分の身体が開かれていく感覚がした。

舞台をみながら同時に沢山の人の顔が見えて、声が聞こえてきた。一人一人個人の、無数にある生きてきた生命の過程、循環。人間に生まれてきた意味、役割のこと。そんなことをずっとどこかで小さく感覚させられる、特別な時間。舞台芸術だからこそ生むことのできる時空だった。

そしてこれからも100回を目指して全国で公演をして行かれるとのこと。毎回変化していく。そういう変化が入って来れるようにわざと隙間を空けた作りにしているとお二人。公演後のトークは「ホシハチカニオドル」の今後の精神的な発展と反転のための意見交換、のようだった。とても有意義だった

本日、京都市左京区のアトリエ劇研でTremolo Angelos『ホシハ チカニ オドル』を観た。大槻オサムさんの一人芝居と、谷本仰さんのバイオリンのコラボ。大槻さんはJCO事故、原爆、チェルノブイリの死者たちに代わって、語りかける。代弁ではなく演じることで同苦しつつ。続

承前)観客二十名ほどの小さな舞台空間にあった「道具」は、闇と光と報道映像だけ。観客は言葉の中から、観客は死者の見ている光と闇を追いつづけた。闇の中の光、そしてその光にも生まれる闇。死者や妊婦や天使や森の妖精を誠実に演じる大槻さんの姿と、「かれら」の悲しみが(続

承前)重なる瞬間がいくつも煌めいた。この作品は上関原発反対運動で二人で即興で行ったことから始まったという。北九州と広島で上演した後に、3.11が。凄惨な現実に揺らいだが、だからこそと続けることを決意。百回まで続けるという。これからも応援したい。

大槻さんが私と野樹かずみさんの『christmas mountain』を読んで下さっていたと知り、大変嬉しかった。あの短歌と詩のコラボも、たしかにみえない聖夜をみようとした一集だったと思う。

@kiyoekawazu 河津さん、昨日はありがとうございました! かずみさんは大学時代文芸部の先輩です。まさか谷瀬さんルートで河津さんに繋がるとは。縁とは不思議なものですね。今後ともよろしくお願いします!

@LAGRANDELUNE こちらこそ、ありがとうございました!! 感銘と共に色々考えさせられた時間でした。トークに出た「見ることと人間」という話題も新鮮。出会いを呼んだTwitterに感謝です。これからもどうぞよろしくお願いします!!

「ホシハ チカニ オドル」。出演者、サポートする人達、客席のひとりひとり、身体表現、音楽、声、小屋の外吹く風雨、さまざまなガイスト、それらがいくつも小さくつながる。一本のストーリーを拒否しながらも、音や物の部分的な連続性も手伝ってかかわるひとがそれぞれにつなげて思い、思い出す。

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『ホシハ チカニ オドル』