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【ネタバレ注意】キングダムのこれからが分かる?春秋戦国時代~始皇帝時代の出来事

春秋戦国時代の秦の始皇帝が誕生する少し前の戦国時代を描いたキングダムのストーリーを史実い沿ってまとめてみました。マンガとの相違点やこれからの内容が見えてくるかもしれません。※キングダム自体、かなり創作が入っているので、厳密には史実どおりにならない可能性がありそうです。

更新日: 2014年03月15日

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ねこ魂さん

ヤングジャンプで連載されている「キングダム」に登場する人物に関係している範囲で、『春秋戦国時代~秦の始皇帝誕生~秦の滅亡迄』を年代別に出来事をまとめています。

紀元前316年

◆秦の六大将軍 - 司馬錯(しばさく)
蜀で内乱が起き、また韓が攻めてきた。恵文王は、対応を決めかねたので、張儀と司馬錯に意見を述べさせた。張儀は、「征蜀に利益はない。韓を討った上でそのまま周を脅迫し、天下に号令をかけるべきである。」と主張した。これに対し、司馬錯は、「秦はまだ弱いので、先ずは広大な蜀を手に入れて国力の増強を図るべきである。」と主張し、併せて周を脅迫することの不利益を述べた。恵文王は、司馬錯の意見を採用し、司馬錯が蜀を攻め滅ぼした。これにより、秦は、国土が広がり、また楚に対しては背後をとる形になって優位に立った。

紀元前311年

◆秦の六大将軍 - 司馬錯(しばさく)
楚を討ち、商・於を取った。

紀元前310年

◆秦の六大将軍 - 司馬錯(しばさく)
蜀の国相陳荘が謀反を起こして蜀侯通を殺したので、甘茂・張儀と共にこれを鎮圧した。

紀元前306年

◆秦の王 - 昭王(しょうおう)
秦では群臣のほとんどが反対するなか、魏冄(魏冉)らの支援により、異母兄である武王の後を継いで王として即位した。

紀元前301年

◆秦の六大将軍 - 司馬錯(しばさく)
蜀侯惲が謀反を起こしたので、これを鎮圧した。

紀元前295年

◆燕の大将軍 - 楽毅(がくき)
紀元前295年に国内の紛争で武霊王が息子の恵文王に殺される事件が起きると、魏に移った。魏の昭王の家臣になるが、燕の昭王が人材を求めていると聞いて、昭王に頼み燕への使者になり、そのまま燕で仕官した。昭王は楽毅の才能に着目し、彼を上卿に次ぐ亜卿に任じた。

紀元前294年

◆秦の六大将軍 - 白起(はくき)
左庶長に任ぜられ、韓の新城を攻めた。

紀元前293年

◆秦の六大将軍 - 白起(はくき)
左更にすすみ、韓・魏を攻め、伊闕で戦って24万を斬首した。また、韓将公孫喜を捕え、5城を落とした。

紀元前292年

◆秦の六大将軍 - 白起(はくき)
魏を攻め、大小61城を落とした。

紀元前291年

◆秦の六大将軍 - 司馬錯(しばさく)
魏を討ち、軹・鄧を取った。また、白起と共に垣の城を落とした。

紀元前289年

◆秦の六大将軍 - 司馬錯(しばさく)
魏を討ち、垣・河雍・決橋を取った。

紀元前286年

◆秦の六大将軍 - 司馬錯(しばさく)
魏の河内を攻め、魏は安邑を秦に献じた。

紀元前284年

◆燕の大将軍 - 楽毅(がくき)
燕は楽毅を将軍として、大軍を発し、韓・魏・趙・楚の連合軍に合流した。楽毅は連合軍の総大将ともなり、五国連合軍を率いて斉軍を済西で打ち破った。

紀元前283年

◆趙の旧・三大天 - 廉頗(れんぱ)
将軍となり秦を討ち、昔陽を取る。

斉を討ち、陽晋を落とした。この功により上卿に任ぜられ、勇気のあることで諸侯の間で有名となる。

紀元前280年

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