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この記事は私がまとめました

suyakata1970さん

好き嫌いがあって給食を食べられない子どもに、居残らせてまで食べさせる「残り給食」という伝統(?)が、小学校にあった。ぼくは子どもの頃から嫌いな食べ物は一切なかったけど、どうしても食べられない子どもは、冷たくなって埃がかぶったような給食を放課後、居残って食べさせられていた。

ただでさえ嫌いな食べ物を苦痛や恥辱を感じながら食べさせられたら、嫌いなものはますます嫌いになるだろ、というのは当時から思っていた。掃除機のようになんでも食べるおれですら恐怖を覚えたし、たぶんおれが基本線において「強制」を忌避するのも、そういうやり方が気に食わなかったからだ。

@Khachaturian 私の頃は新潟でも東京でも当たり前のようにそうされました。東京の小学校では「昼清掃」だったので食べられない魚を前にして俯いている自分の周りでは他の子たちが教室の清掃を始めて埃が舞い上がるんです。

@ynabe39 @Khachaturian 机で食べると掃除のジャマなので廊下で正座,食器は返却するので食べ物は本人の給食マットの上にあける.その横で掃除.小学校でよく見られた光景です.

.@kazushi_ @ynabe39 @morikuni_net 私は大阪市立小でしたが、食べるのが遅く、2年まではごくたまにまずいおかずがあった場合に昼休み中に一人食べさせられていた記憶があるものの、3年以降はそういうことはなくなりました。そのときの担任の顔は覚えていますね。

小中高時代の学校でのことなど何も印象になく、ほとんど覚えていないと思っていたが、単に普段は思い出す必要がないだけで、思い出そうと思えば、いくらでも鮮明に思い出せるものだな。

まあ大学教員には小中学校であまり楽しい思いをしなかった人が多いんだw。

子どもを産む前、食育の先生に取材に行った時、先生が「変な姿勢で食べてる子どもに『姿勢よくして!』って言うのは簡単だけど違うんです。変な姿勢で食べている時は、椅子の高さや堅さ、テーブルの位置を見直すほうが先。子どもに対して失礼な物言いで叱らない」と言っていたことをずっと覚えている。

給食の完食にまつわるツイートが流れてくると苦しい。私たちの時代ってこんなことが多かった。私は幸いにも好き嫌いがそれほどなくて給食はなんの問題もなくクリアしていたけど、友達が食べること自体苦手で、毎日、そうじの時間まで座らされて、ほこりが舞う教室で泣きながら給食とにらめっこしてた。

俺も大嫌いな牛乳、無理やり飲まされたな。 何年も。寄ってたかって。 まるで「飲めないことが悪いこと」であるかのように。 「嫌いや」言うてんのに。 村井さんの言う通り「やられた方は一生忘れられない」わ。 ま、もうそのころの先公、皆、死んでるやろうけどw twitter.com/Riko_Murai/sta…

給食を残さないように食べさせられた経験のある人はいないでしょうか。大人になって「会食恐怖症」につながったケースもあるそうです。そもそも「体罰」にあたらないのか、弁護士に聞きました。bengo4.com/other/n_8880/

小学校低学年の頃、お昼休みに遊んだ記憶が殆どない。担任の先生は給食を全て食べ終えない限り、遊んではいけない、という方針の先生だった。当時偏食だった私は、給食のお盆の前で毎日途方に暮れていた。「食べ物を大切に」をどう、子どもに伝えるか、改めて考える。 comemo.nikkei.com/n/n754b7e04132b

この記事にコメントを下さった方々の言葉に触れ、思った以上に同じ思いをしている方が多いことに気づきました。中には「一人給食を食べ終わらない子がいると、グループ全員遊びにいけない」などいじめにつながりかねないようなルールがあったクラスも。 comemo.nikkei.com/n/n754b7e04132b

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