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日本庭園の歴史・様式まとめ

寝殿造庭園、枯山水、回遊式庭園など、日本庭園の様式をまとめてみました。

更新日: 2013年04月30日

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nekotricolorさん

構成としては池を中心にして、土地の起伏を生かすか、築山を築いて、庭石や草木を配し、四季折々に鑑賞できる景色を造るのが一般的である。滝を模し水が深山から流れ出し、大きな流れになってゆく様子を表現する手法や、石を立て、また石を組合せることによる石組表現、宗教的な意味を持たせた蓬莱山や蓬莱島、鶴島、亀島などに見立てる手法が多く用いられる。

寝殿造庭園(平安〜鎌倉時代)

寝殿造と称される貴族の住宅に、寝殿の正面(南側)に遣水から中島のある池に水を流し込むように造られた庭園
 庭園では、曲水の宴などが行われていたといわれる
 平安貴族の寝殿造庭園の様子は「源氏物語」などに描写されているが、当時の面影を伝える現存する庭園はほとんど残っていない

中国から渡来した唐制(とうせい)による建築様式で、左右均斉(左右の程よい安定感やつり合いがとれている)のつくり方。寝殿は南に面し、池泉があり、左に泉殿(いずみどの)、右に釣殿(つりどの)が両翼をなして地面にのり出す。湧水(ゆうすい)、遣水(やりみず)を特徴とする。

風水(陰陽道)の四神相応を取り入れた作りになっています。庭には東に「青龍」の川、西に「白虎」の道、南に「朱雀」の池、北に「玄武」の山が取り入れられています。

天長元年(824年)
京都市中京区

貞観18年(876年)
京都府京都市
名勝

浄土式庭園(平安〜鎌倉時代)

浄土式庭園(じょうどしきていえん)とは、平安時代から鎌倉時代かけて築造された日本庭園の形式である。学術論文ではよく「浄土庭園」という名称が用いられる。この方式の庭園は、仏教の浄土思想の影響を大きく受けたものであり、平等院鳳凰堂に代表されるように、極楽浄土の世界を再現しようとしたため金堂や仏堂をはじめとした寺院建築物の前に園池が広がる形をとっている。

極楽浄土の世界をこの世に再現した庭園で、阿弥陀堂と園池を一体として築造した仏寺の庭園様式である。平安時代の貴族社会は、阿弥陀如来を中心とした極楽浄土を究極の理想郷とする浄土思想が盛んになり、数多くの浄土式庭園を造った。天平宝字5年(761年)の光明皇太后一周忌に造営された法華寺阿弥陀浄土院庭園遺構で園池が発掘され、これが浄土式庭園の始まりと言われている。

天平勝宝8年(756年)
奈良県奈良市
名勝

嘉祥3年(850年)
岩手県平泉町
特別名勝、世界遺産!

岩手県平泉町
特別名勝、世界遺産!

永承2年(1047年)
京都府木津川市
特別名勝

永承7年(1052年)
京都府宇治市

永暦元年(1160年)
福島県いわき市

枯山水庭園(平安時代〜)

一般的に、水を使用することなく流れや大海を表現した、超自然的で抽象的な庭園をいう。

日本独自のもので、日本の都市計画や庭園に大きな影響をあたえた中国においても、明確な全庭枯山水方式の庭園は存在しない。

枯山水は、回遊式庭園や露地などの庭園と違い、遊楽・散策などの実用的要素をもちません。屋内から静かにこれに対峙して鑑賞するよう構成されています。

天暦年間(947年 - 957年)
京都市左京区
名勝

正応年間(1288~1293年)
京都府京田辺市
一休さんのお寺
名勝

応永年間(1394年~1427年)
京都府京都市
江戸初期の代表的枯山水庭園
特別名勝

応永11年(1404年)
京都市右京区
名勝

宝徳2年(1450年)
京都府京都市
特別名勝

書院造庭園(鎌倉〜室町時代)

浄土式庭園に比べて、小ぶりで簡素化された分洗練され、座敷から見える風景などを計算して作られている。書院式庭園は、建物から見える範囲で、いかにテーマを凝縮して見せるかにこだわったものだと考えていいだろう。

室町末期から桃山時代に完成した武家住宅様式「書院造」の庭園。建物の中から庭園を見るという視線の方向と範囲を意識してつくられました。書院式庭園の代表的なものは、醍醐寺三宝院庭園、西本願寺大書院庭園など。

天正19年(1591年)
京都府京都市
特別名勝

永久3年(1115年)
京都府京都市
特別史跡・特別名勝
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