1. まとめトップ

闇のカリスマ【真剣師】小池重明

時に最強。時に最凶。賭け将棋で生計を立てた「最後の真剣師」。その光と影を追う。

更新日: 2013年05月04日

2 お気に入り 25804 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

半四郎さん

真剣師とは?

真剣師とは金を賭けて将棋を指すギャンブラーの事。
小池重明は、その中でもずば抜けて強く、プロとも互角に渡り合った。

誕生

1947年、愛知県生まれ。父親は定職に就かず博打と酒に溺れる日々、母親は売春婦であった。このような劣悪な環境下で育ったが、父親の一言、「博打のひとつも憶えておけ」に開眼、将棋に熱中。後に「新宿の殺し屋」と呼ばれる真剣師の誕生でもあった。

上京

地元の高校に入学した小池だったが、途中でやめて上京。将棋センターに住み込みで働き、その傍らに将棋の腕を磨き、連戦連勝を重ね、いつしかプロを目指すようになった。周囲も応援していたが、職場の金を持ち出したことによりセンターを追われてプロ入りを断念した。

アマ最強の真剣師

その後、地元に帰省し葬祭業者に入社するが、結婚後、再び上京。今度は運送会社で職を得たものの、出産直後に亡くなった第一子のショックから立ち直れず退職。賭け将棋に没頭し始めた彼は、日本最強の真剣師と評されていた大阪の加賀敬治と互角の勝負を繰り広げ、「新宿の殺し屋」と恐れられた。その勢いのまま、再びプロを目指した小池だったが、寸借詐欺や浪費癖、女性問題などが表面化したことにより、またもやプロ入りの話は流れた。

復活

晩年、作家であり、「将棋ジャーナル」を発行していた団鬼六を頼りアマチュア将棋の世界に復帰。団は、彼の天才的ともいえる将棋の腕を見込んで活動を後押しした。小池はアマチュア名人の田尻隆司を相手に圧勝、それまで数年間、将棋を指していなかったとは思えない強さに団は驚嘆した。その後しばらく小池は団の専属運転手として働いていたが、小池の知人で団とも面識のある友人が、焼肉店の店長にならないかと小池に持ちかけた。小池は申し出を快諾、評判も上々であったが、わずか半年後に不倫相手の女性を連れ失踪。またしても音信不通、行方不明になってしまう。

無頼の果てに

しかし40代に入り、突然吐血するなど体調悪化を訴え、検査の結果、重度の肝硬変と診断される。団の元へ連絡した小池は「先生、医者が僕はもうすぐ死ぬって言うんです。何で僕が死ぬんですか。わからない」と嗚咽しながら助けを求めた。瀕死の瀬戸際で、尚も将棋への想いを口にする小池に団は、アマチュア将棋界のホープと評された天野高志との対局を組んだ。小池は二連勝を収め見事完勝。この時小池は団にか細い声で礼を言い、病からくる苦痛に耐えながらも笑顔を見せた。そして天野との対局の数日後、病院に戻った小池は再び吐血し容態が急変。最期は病室のベッドで体に繋がれたチューブを自ら引きちぎって死亡した。享年44。

1