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ここがヘンだよ部落解放同盟 「差別発言」糾弾の矛盾と謎

同じ文脈で同じ発言をしているのに「差別発言」として糾弾されたりされなかったり。糾弾される人と、されない人の違いは何でしょう?

更新日: 2013年07月01日

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wpauliさん

「部落差別」とされて糾弾を受ける表現にはいくつかのパターンがあります

たとえば「特殊部落」「屠殺」「士農工商○○」とか。(○○には「サラリーマン」とか特定の職業名が入ります)

部落解放同盟としては一応、文脈を見て糾弾するという建前になっていますが、実際には同じ文脈で同じ発言をしているのに「差別発言」として糾弾されたり、されなかったりしています。

では、どんな場合に糾弾に発展しているのでしょうか? 実例を見ていきましょう。

「特殊部落」発言で糾弾された人たち

1956年1月、『朝日新聞』文化欄で「文壇には、特殊部落的偏狭さがみちみちている」と発言し、糾弾に発展する。

朝日新聞社は部落解放同盟から「今後、部落問題をタブー視せず、前向きに差別の現実を書く」ことを要求された。

1969年、岩波書店刊行の雑誌『世界』3月号で「大学という特殊部落の構造」と発言し、糾弾に発展する。

結局『世界』3月号は回収処分となり、編集部と大内が同誌の4・5月号に謝罪文を発表させられた。

1973年7月19日、フジテレビのワイドショー『3時のあなた』で「芸能界は特殊部落だ」と発言し、糾弾に発展する。

1973年8月16日、部落解放同盟が玉置とフジテレビと関西テレビを相手取って確認・糾弾会を開催。玉置は百数十名の部落解放同盟員から吊し上げを受け、自己批判の文章を書かされた。

玉置は1973年12月25日の『3時のあなた』で土下座して涙を流しながら謝罪。テレビ局側は部落問題解決のための番組作りを約束させられた。

「特殊部落」発言で糾弾されなかった人たち

部落解放の父。部落解放同盟にとっては神様のような人。

この神様が、1948年4月、『世界評論』発表の「天皇に拝謁せざるの記」で「私は三百万部落民の水平運動から、さらに数歩をすすめて、いわば世界の特殊部落におちこんだ八千万日本人民の水平運動をおこしたいと考えているのだ」と発言。

特殊部落という言葉を差別的文脈で使った失言だったが、松本自身が「糾弾」する側の最高責任者だったため、この失言はなかったこととされた。

1952年8月20日、『解放新聞』の記事「おじいさん達も斗つた─八十一回目の解放令記念日を迎え」の中で「世界の特殊部落になれはてた日本民族」と発言。

やはり特殊部落という言葉を差別的文脈で使った失言だったが、中西自身が「糾弾」する側の人間だったため、この失言はなかったこととされた。

部落解放同盟糾弾闘争本部の小林健治いわく…

重要なことは、書いている文章の差別性=中味であって、誰が書いているかではない。(略)誰が書こうが差別文章は差別文章なのであり、抗議・糾弾の対象になるのは当たり前だ。

ごもっとも。今からでも遅くないから部落解放の父・松本治一郎の差別発言を糾弾し、歴史的な総括をおこなうべきですな。「部落民による差別発言はきれいな差別発言」というわけにはいきません。

「屠殺」発言で糾弾された人たち

1982年、俳優座がブレヒト原作『屠殺場の聖ヨハンナ』を上演した折、「屠殺」という表現が部落差別とされた。

改題してもなお激しい糾弾に遭い、上演は困難を極めた。

1989年、岩波新書の『報道写真家』で「戦場という異常な状況下では牛や豚など家畜の屠殺と同じような感覚になる」と記述。この「屠殺」の語が問題とされ、回収処分に至った。

「屠殺」発言で糾弾されなかった人

1970年、ルポルタージュ『沖縄ノート』(岩波新書)の中で、集団自決を強制したとされている元守備隊長を「屠殺者」と非難。

俳優座や筑紫らの事例に照らすと当然糾弾されるべき記述だったが、部落解放同盟は大江を一度も糾弾していない。『沖縄ノート』も「屠殺者」の表現を載せたまま、堂々と売られ続けている。

『報道写真家』より『沖縄ノート』の方が圧倒的に部数が多く、社会的な影響が大きい差別表現だが…なぜ?

呉智英もびっくり

私が驚いたのは虐殺者(大江の見解での)を屠殺者になぞらえていることだ。

 これ、いつから解禁になったのか。虐殺を屠殺になぞらえようものなら許すべからざる差別表現として部落解放同盟と屠場労組の苛烈(かれつ)な糾弾が展開されたことは言論人なら誰知らぬ者はない。

 一九八二年、俳優座のブレヒト原作『屠殺場の聖ヨハンナ』は改題してもなお激しい糾弾に遭い上演は困難を極めた。これについて部落解放同盟などは「だれだれの作品だから差別はないと“神格化”したものの考え方を一掃したい」と言明した。

 また、一九八九年には『沖縄ノート』と同じ岩波新書の『報道写真家』(桑原史成)の中の「戦場という異常な状況下では牛や豚など家畜の屠殺と同じような感覚になる」という記述が問題にされ、回収処分となった。

 だが『沖縄ノート』は一度も糾弾されずに今も出版され続けている。大江健三郎に限ってなぜ糾弾から免責されるのか。大江健三郎のみ“神格化”される理由は何か。かくも悪質な差別がなぜ放置されているのか。知らなかったと言うのなら、それは許す。だが、今知ったはずだ。岩波書店、部落解放同盟にはぜひ説明していただきたい。

その後、岩波書店や部落解放同盟から説明がなされた形跡はありません。

橋下徹の出自に触れて糾弾された人

『週刊朝日』2012年10月16日号の「ハシシタ 奴の本性」で、橋下徹の出自を具体的な同和地区名と共に報じたほか「橋下徹の周りには修羅が渦巻いている」と評し、糾弾を受ける。

橋下徹の出自に触れて糾弾されなかった人

『g2』2010年12月号「同和と橋下徹」で橋下徹が同和地区出身であることに言及。一連の橋下同和報道の走りであり、具体的な同和地区名も挙げていた。

また『文藝春秋』2011年12月号「橋下徹の黒い報告書」では「殺人での逮捕歴がある従弟」「すさまじい血脈は、橋下徹が母親とともに背負ってきた十字架」とも書いたが、なぜか糾弾を免れた。

一連の橋下同和報道を糾弾する小林健治も、なぜか森功の記事だけはスルー

今回の『週刊朝日』の記事の差別性が、たんに同和地区(被差別部落と必ずしも同一概念ではない)を特定したという事実だけに存在しているのではないということだ。

そのことは、昨年の『新潮45』『週刊新潮』『週刊文春』の一連の記事も本質的に同じであって、…

あれっ、『g2』の森功の記事はどうしたの?

小林健治は森功の記事を知らないのではなく、知っていて無視している…なぜ?

「橋下徹前大阪府知事を激怒させた同和報道の深層」と題された内容は、概ね首肯できるものの、「同和報道」という表現はいただけない。森功さんが『同和と銀行』という力作をものにしているが、…

橋下同和報道を批判する文脈でここまで書いているのに『g2』の「同和と橋下徹」に触れないということは、つまり知っていて無視しているんですね。

部落民の出自あばきを糾弾する部落解放同盟には、部落民の出自あばきで訴えられて負けた過去が…

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