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ここがヘンだよ部落解放同盟 「差別発言」糾弾の矛盾と謎

同じ文脈で同じ発言をしているのに「差別発言」として糾弾されたりされなかったり。糾弾される人と、されない人の違いは何でしょう?

更新日: 2013年07月01日

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1988年1月から同年4月にかけて、高知市立一ツ橋小学校の周辺の電柱などに「おしんエタせんこうしね」などという差別落書が発見された。そして同校には、被差別部落出身者を父親に、高知市教育委員会同和教育課長を夫に持つ女性教諭Oが勤務していた(ただしO教諭自身は部落出身ではなかった)。

これに対して解同高知市協(森田益子議長)は、高知市教育委員会と共に、この落書に書かれた教師はO教諭であると決めつけ、"部落民としての誇りを持てば苦しみがなくなる"と同教諭に部落民宣言を強要。

同教諭がこれを拒絶すると、解同側は同教諭のプライバシーに関わるビラをばら撒いた上、同教諭とその身内を"部落民なのに部落民宣言を拒む差別者である"と『解放新聞』紙上や街宣車で中傷し、同教諭とその一族の人格権を侵害した。

部落解放同盟には、一般人の出自をあばいて訴えられ、負けた過去があります。いわゆる一ツ橋小学校事件です。

「部落民宣言」(立場宣言)や「狭山同盟休校」で出自あばきを率先しておこなってきたのも部落解放同盟です。

彼らには本当に、橋下徹への出自あばきを糾弾する資格があるのでしょうか。

部落解放同盟から出自あばきの被害を受けたO先生の証言

思い上がっている森田益子は、私の抗議に逆上して、解同の組織力をかりて、学校内に私や夫のプライバシーに関することを、時代錯誤(何を言っても、時代錯誤なことしか言いませんが)の考え方で、悪宣伝を始めました。「同和教育課長は、自分の妻にさえ部落民宣言をさせることができない差別者である。」「部落民宣言をしない小笠原政子は、差別者である。」などと、彼らの機関誌『解放新聞』や、臨時のチラシに作って書き立てたり、町中を街宣車でボリュームいっぱいにして宣伝してまいりました。

それは、どこで調べたかわかりませんが、他界して当時でもう十年になっておりました私の両親のことや、すでに嫁いでおりました、私の二人の子どものこと嫁ぎ先のこと、に至るまで調べ上げて、その生き方まで、誹謗中傷して(ありのまま言ってくれれば格別悪いことをしているわけではないので良いのですが)学校内外に宣伝しました。

あるときなど、一ツ橋小学校の運動場に街宣車を横付けして、大声で誹謗中傷している、そこには当時私が担任をしていた子どもたちが野球をしていました。その子どもたちも聞いていたのです。

一ツ橋小学校事件で賠償命令を受けた、部落解放同盟高知市連絡協議会議長の森田益子さんのご尊顔。

O先生の尊厳を踏みにじった人が「人間の尊厳を求めて」とは、なかなか皮肉が効いています。

いまだに「私は何も悪くなかった」と言い続ける部落解放同盟議長

「仏になってもまだ(父親を)憎まないといけないというのは、さびしい人生観だなあと今でも思います」
「心豊かな人生だったとはとても思えません」
「一ツ橋小事件を振り返って、私は一切自分自身が間違っていたとは思っていません」

出典森田益子『自力自闘の解放運動の軌跡』p.241(解放出版社、2012年)

2012年に出た、森田益子の自伝での発言です。このように、事件から20年以上が経っても当人は何も反省していません。まず隗より始めよ。自分の間違いを認めて反省できない人に、他人を糾弾する資格があるのでしょうか。

なお森田益子はこの自伝で、自分がビラや『解放新聞』や街宣車で他人のプライバシーを侵害したことにも、裁判で全面敗訴したことにも一言も触れていません。都合が悪いことは全て頬かむり。

宮沢喜一の出自あばきをおこなった部落解放同盟委員長

(小森龍邦)ここにいたって、宮沢と同じ、被差別者の立場にありながら、自らと同じ運命にあるものをもけちらさねばならぬ状況に落ち込んだというべきでしょうね。
(記者)宮沢と同じ状況というのはどういうことですか。
(小森)宮沢のことを知る人は少ないのですが、かれの出自は、いまも親の住居が、福山市の松永というところの金江という山奥に、ひっそりと残っていますが、まあ、被差別民もしくはそれと同然の立場と言うべきだったでしょうね。彼は、選挙にさしつかえないように、その影を最大限、消しにかかり、わざわざ、尾道に住居を構えたようなふりをしています。自らが被差別者でないことを一挙に人々に知らせるためには、リスクを承知の上で、とりあえず、部落にたいする差別発言をすることです。

出典『芸備人権新報』(1999年9月10日号)における小森龍邦(部落解放同盟広島県連合会元委員長)の発言

宮沢さんはこの発言を見て激怒したといいます。

部落解放同盟糾弾闘争本部の小林健治いわく…

これら上原の言い分が通るとすれば、芸能界やプロスポーツ界、そして政治家などで活躍している著名人の“出自”=被差別部落という社会的属性を暴いても、それは社会的討論をまき起こし、差別をなくすためのやむを得ない、耐えるべき痛みであり、当事者および親族の怒りや心痛は、まったく顧慮しなくてもよいという暴論にいきつく。

その言葉、森田益子や小森龍邦に言ってやってください。それとも、身内だから糾弾しない?

部落民への結婚差別を糾弾する部落解放同盟の幹部には、みずから在日女性を結婚差別した前科が!

以前の日記で、部落解放運動の特権階級のエリート教授について触れた。あともうひとり、民族差別なんかしない、ことで有名な方がいる。

 彼が部落解放同盟大阪府連合会の青年部役員をしていたころ、在日コリアンから糾弾を受けた。糾弾の具体的な流れの詳細は忘れたが、彼と交際していた女性が在日朝鮮人という理由で婚約破棄した有名な逸話、恥ずべき過去。

 彼が某労働組合の大会へ招かれ、演壇に立ったとき、野次が飛んだ。「お前なぁ、在日朝鮮人差別をして、恥ずかしくないのか」「婚約者はどうなっているねん」

 彼は「その件は謝罪して済んだことです」と居直った。この事件の数年あと、大阪の住吉区で部落出身であることを理由に、婚約者の男性の母親に結婚を反対された女性が自殺した。「住吉結婚差別事件」だ。この事件を仕切った大阪府連が「結婚差別反対」のキャンペーンを展開、その中に未来のエリート、民族差別をやってのけた彼がいた。結婚差別を無くす運動を主張する彼が、裏では同じことをやっているのだ。しかも彼は部落のエリート青年、解放理論もその優秀な頭脳に叩き込んでいるのに、何で愛し合った女性(朝鮮人)と結婚しなかったのだ。

自分で差別しておきながら他人の差別を糾弾するのは偽善そのものです。「民族差別なんかしない、ことで有名」というのはもちろん皮肉でしょう。

記事の中に「村越名誉教授」という名前が出てくるので、大阪市立大学名誉教授の村越末男のことでしょうか?

ワタシがよーく知っている、奈良で活動しているおっさんは「R大学文学部哲学科」を出て、大阪市内の解放同盟・某支部に夫婦で住みつき、支部の有力幹部(当時は大阪府連役員兼務)のごり押しで、当時は名門の某大学へ押し込んだ。大学院もペケの学士さまが「同和問題研究」学者として大出世、今は某大学の名誉教授。

 このおっさんは表向きは「部落解放」の思想を唱えるが、体質は階級闘争に背を向けたエリート意識丸出しの裏根性の持ち主。

 おっさんは、ある役所の「同和研修会」講師に招かれ、「公務員のストは局長さんに迷惑をかける」とか、人権問題に関係ない話題を持ち出し、会場の職員からひんしゅくを買った。当時の部落解放同盟は公務員のスト権奪還にも理解を示し、労働者の階級闘争の一環として支援していた。その解放同盟お抱え学者が、役所の管理職にゴマするような研修を展開したので、職員は研修ボイコット気分。

やっぱり村越末男のプロフィールに全て合致しています。

村越末男、龍谷大学文学部哲学科卒、大学院に行かず大阪市立大学名誉教授となる。

おっさんは大学助教授では飽きたらず、もっと出世を夢見て、腐れ解放研究所に接近。ここは、解放同盟大阪府連のセクト(ソ連支持、日本共産党・日本の声)の溜まり場。おっさんを大学に推薦した某支部は、このセクトと対立する位置づけ。おっさんは地域の解放運動をサボり、地域に背を向け始め、部落を逃げ出しだ。で、腐れ大阪府連の理論研究機関で大活躍。当時、同和問題を扱う研究者はもてはやされ、大学での地位もかなりのもの。在野の学者として部落差別の撤廃理論を展開する真摯なエリートもいたけれど、解放同盟の運動を利用して、エリート意識を払拭できないまま「名門大学教授」にしがみついている連中には反吐が出る。組織の不正や腐敗を見て見ぬふり、火の粉を浴びない場所で多大な稼ぎを蓄財している。

 このおっさんが母校の名誉教授だなんて、人格を知っているだけに恥ずかしい次第。ちなみに、部落解放運動の特権を利用して出世した人、大阪市や大阪府の幹部の中にも混じっている。彼らは、お世話になった解放同盟に背を向け、今では関わりたくない様子。ハッキリ言って、「部落」を利用しただけ。

他人には「人権を語るものは経済的対価を訴えるべきでない」と言いつつ、自分では1回10万の「人権講演」で稼ぎまくる部落解放同盟幹部

呉 (略)徐さんが人権協会会長のころ、日本生命の講演に行ったことがありましたね。当時の講演料は10万円で、その金額の根拠を聞くと「北口先生と同じ金額でお願いします」だったことを、よく覚えています。

李 当時北口氏は日本生命とどういう関係にあったんだろうか?

呉 彼は日本生命の担当ということで、部落差別の問題について講演をしていました。その当時、1回の講師料が10万円だったそうです。
(略)
徐 そもそも、今回の裁判の起点となった大成建設の学習会で徐正禹が講師料をもらい損ねたという損害賠償について、北口氏は「人権を語るものが、学習会の講師料などと、経済的対価を訴えたことは考えられない」と言うわけです。しかし、北口氏は自分はあちらこちらから講師料を取りまくっているのに、堂々とそんな文書を出すわけですよ。

なぜ大企業がこういう人の「人権講演」を断れないかというと、いわゆる地名総鑑事件で糾弾されて以来、部落解放同盟には頭が上がらないからですね。

ひとたび糾弾されたが最後、とことん食い物にされて骨までしゃぶられるという実例。ヤクザのみかじめ料と似ています。

それにしても、北口末広は部落解放同盟の役員のほかに近畿大学教授もやっているのだから相応の収入があるはず。なぜ、そんなに高額の講演料を要求するんでしょうか。

「京大大学院修了」を名乗る部落解放同盟幹部の怪しげな学歴

この書記長の最終学歴は、京都大学大学院(法学研究科修士課程)修了。~のはずが、紹介団体によっては京都大学大学院(法学研究科博士課程)終了、と化けている。ご本人が訂正を求めないまま放置されているので、龍谷大学出身の某大学名誉教授と同じ穴のムジナ。「漆黒の闇」方式で博士論文を提出でもしたのだろうか、いつの間に?

 書記長を大学生のころから存じ上げているので、彼の経歴紹介の学歴欄がどこでも京都大学大学院(法学研究科修士課程)修了と、だけなのは何でだろう?とずっと不思議に思っていた。

 どうして、卒業高校や卒業大学(当時は、関西の超バカダ大学と呼ばれていた。今は最低からかなりアップのレベル)の校名、彼の母校を必死で隠すんだろうかと。

 京都大学大学院(法学研究科修士課程)とだけ、記載している学者なんかおるか?これだけだと、いかにも京大卒業生みたいに思うやろ、ぷっ!見栄張るクンだ!

 よくも、まあ、あの偏差値ゼロ学生が京都大学の法学研究科へ入学できたもんだ、カラクリがバレなきゃいいか。

同じ京大でも学部から入るのと院から入るのとでは学力に雲泥の差があることは、いうまでもありませんね。倍率も違うし科目数も違う。

「関西の超バカダ大学」ってどこ?

綱領の中で家制度を批判している部落解放同盟

①部落問題の解決は、現在の日本社会の政治経済体制のもとでも原理的には可能であることを明確に踏まえることが、運動展開にとっては重要である。
  ②しかし、それを可能にするためには、部落問題の解決を困難にしている諸条件を払拭していく意識的なとりくみが不可欠であり、決して時間の経過とともに自然淘汰的に解決することはありえない。
  ③なぜならば、近現代の日本社会は、その発展過程において自由と平等の社会原理に相反する差別構造を社会体制の中に組み込んできた歴史と現実を有しているからである。例えば、天皇制や華族制度、家制度であり、日本資本主義の特徴である経済の二重構造などがそれである。

糾弾ビジネスの実態

北九州土地転がし事件では、「地名総鑑」事件で糾弾されて自殺者を出した三菱鉱業セメントの土地を部落解放同盟小倉地協書記長(当時)が自らのダミー不動産会社「太陽興産」を介して安価に入手し、実態のない不動産業者をでっち上げたり、市職員の名義を使ったりするなどの手口で1ヶ月のうちに地価を約2倍に釣り上げてから、北九州市と同市住宅供給公社に対して「買わねば糾弾するぞ」と脅して高額で買い取らせた行為が問題となり、同書記長は国土利用計画法違反の罪で罰金刑を受けた。

このほか、部落解放同盟京都府連合会は解放センター建設資金のカンパを、みずから糾弾した企業から徴収して問題となり、部落解放同盟東京都連合会の幹部数人は、「地名総鑑」糾弾闘争を通じて「地名総鑑」購入企業の顧問や相談役に就任し、やはり問題となった。

部落解放同盟から糾弾を受けた企業は年間16万円から23万円の会費を徴収されて「同和・人権問題企業連絡会」(同企連)への加入を要求され、部落解放同盟の研究集会や糾弾会(糾弾側)への参加、「人権擁護法」制定運動への協力、部落解放同盟員の講師による有料の「人権啓発講演」の開催、同和研修の教材の購入を求められる。大阪同企連の場合、企業144社から年間2800万円程度を集めている。同種の組織に「同和問題にとりくむ宗教教団連帯会議」(同宗連)、「出版・人権差別問題懇話会」「人権マスコミ懇話会」などがある。このような点から、「糾弾会は、結果として同企連の会員数を増やすための企業への”営業活動”の一つ」との批判を受けることもある。

ああそうですか。結局はカネですか。「糾弾は部落解放運動の生命線」というのはそういう意味ですか。

そうすると、「カネを払ったりして我々に協力すれば糾弾は見送ってやる」という手打ちが裏で成立しているケースも多そうですね。糾弾事例にぴったり該当する発言をしても糾弾されていない不可解な話がたくさんあるのは、そういうことですか。

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