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代役で役者魂をみせた宮沢りえの「波瀾万丈すぎる」人生

天海さんの代役を2日間の稽古で完璧にこなした宮沢りえさん。肝がすわっているなーと思っていたら、こんなにも大変な経験をされてきたんですね…。乗り越えてきたりえさんの名言は心に染み渡ります。

更新日: 2013年05月12日

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minami1987さん

最近注目されている宮沢りえ

天海祐希が心筋梗塞で降板した舞台
「おのれナポレオン」で天海祐希の代役を
務めました。


生年月日 1973年4月6日(40歳)
出生地 東京都練馬区
血液型 B型
職業 女優

休憩なし、2時間20分の長丁場をほぼ完璧に熱演。

観客から盛大なスタンディングオーベーションが
わき起こったそうです。

天海祐希さんが心配なんはもちろんやけど…宮沢りえさんが代役を引き受けたんがすごい。もう始まってる、それも舞台の代役を…いろいろ尊敬する。カッコイイ!

天海祐希さんの代役の宮沢りえさんは2日間でセリフと動作覚えたってこと⁉すごすぎる………

宮沢りえってすごいんだな。きれいなだけじゃないんだ。

▼宮沢りえの人生は波瀾万丈すぎる…

複雑な生い立ち

日本人の母親と、オランダ人の父親を持つハーフ。

(母親は)りえを授かった後、産み落としたりえを
残して単身オランダに渡る。

幼少期は、伯母の下で従兄弟達と育つ。

オランダの家族との折り合いが悪くなったりえママは
離婚して帰国し、りえを引き取る。

オランダ人の父親とは、両親の離婚により全く交流がなかった。

11歳で芸能界デビュー

人気絶頂時に“ヘアヌード写真集”を出す

写真集『Santa Fe』は篠山紀信によって
撮影されました。

発売当時の宮沢は18歳であったが、撮影時点では
17歳であったとも言われている

当時人気絶頂だったこともあって155万部のベストセラーとなり、
これは日本における芸能人写真集の売上部数としては
未だに破られていない。

切っても切れない母親との関係

世間からは「りえママ」と呼ばれていたそうです。

(ヌード)写真集は、彼女の母親でマネジャーもしていた
“りえママ”の発想によるもの

高校生くらいの女の子がヘアヌードというだけでもショックなのに、
その立役者がお母さんだなんて…。
「若くて身体がキレイなうちに売り出す」のが狙いだったようです。

ビートたけしは、「娘をヌードにさせないのが
親なのに考えられない」と毒づいた

宿泊したホテルのたけしの部屋に、りえが深夜に訪ねてきた。
「ママに言われてきた」と彼女は言ったそうだ。

CM撮影が海外で行われた時の出来事。この時ビートたけしさんはりえさんを
傷つけないように「いいから、早く帰って寝なさい」と帰したそうです。

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