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アフリカの未開の村から世界にはばたいた天才ベーシスト

電気もガスも水道もない西アフリカ・カメルーンの村に生まれ育ち、いつしか活躍の場を世界に移したスーパー・ベーシスト、リチャード・ボナのまとめ。

更新日: 2015年08月26日

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この記事は私がまとめました

カメルーンから現れた天才

1967年10月28日-
カメルーン出身のベーシスト、シンガーソングライター。

カメルーン東部にある未開の土地、ミンタ村に生まれる

豊かな自然と共に育まれた唯一無二の文化のもと、バラフォン(アフリカの民族楽器)などの音楽に触れながら幼少期を過ごしました。

祖父はパーカショニスト、母親は歌手

音楽一家に生まれています(とは言っても、村で民族音楽を演奏していた一家だと思われます)。

母国では廃材に細い針金を張った手作りベースで練習を始めた

電気や水道すらない未開の村で生まれ育ち、楽器はすべて手作りだったようです。

楽器の演奏方法を見ただけで覚えてしまう

さらに村ではなかなか欲しい楽器が手に入らなかったので、木製のフルート、パーカッションなどの演奏したい楽器も見よう見まねで自分で作ってしまったようです。

カメルーン第二の都市ドゥアラに転居するとジャズ・クラブで演奏するように

"近代的な"楽器を始めたのはこの頃から。11歳で既にプロのギタリストとして都市で活躍をするようになりました。

ジャコ・パストリアスのアルバムJaco Pastorius(ジャコ・パストリアスの肖像)に出会い、ギターからベースに持ち替えた

その後父親の逝去をきっかけにパリに渡り、音楽教育を受け、その類稀な才能は世界に知られることに。

その卓越したテクニックでジャコ・パストリアスの再来とも呼ばれる

そのグルーヴィで卓越したベーステクニックは、急逝した天才ベーシスト、ジャコ・パストリアスにも例えられています。

人間としての魅力

ボナは「ミュージシャンとして以前に人間として生きたい」と言っています

アフリカの未開の地で生まれた彼は、兵器での大虐殺による戦争の意味がわかりません。イラク戦争などにはとても心を痛め、「平和」「子供たち」という言葉をよく使うそうです。

客を楽しませようとする姿勢がもう素敵

日本でのライブでは変な日本語をMCなどで織り交ぜ、観客を盛り上げてくれます。

尊敬するミュージシャンとして、よく祖父、母の名を挙げる

故郷の村で音楽の手ほどきをしてくれた、祖父や母をミュージシャンとしても尊敬しているようです。

「大きな音を出すのは誰でもできるけど、小さい音を丁寧に奏でられる人がどんなに少ないことだろう」

その性格ゆえか、演奏する音にも優しさがあらわれています。

みんなの評価

ベーシストしても素晴らしいが、同時に作編曲の能力に優れ、さらに歌手としての魅力も絶大

初めて彼のベース・プレイを目の当たりにした時は感動のあまり言葉も出なかった

スラップソロというと、いかに派手に盛り上げるかというところに焦点がいきがちですが、ボナはいかに音楽的に、美しい音色を奏でるかということを常に考えている

ジャコの手グセが、その後数多くのプレイヤーがパクった一方で、ボナのフレーズは誰もパクりません。というか弾けません。速すぎて。

プレイヤーとして、シンガーとして、コンポーザーとして、アレンジャーとして、そして人間として、今、もっとも完成したミュージシャンと言っても良いのではないだろうか

演奏動画

動画冒頭の驚異的なテクニックと、その後の歌心溢れるライブ演奏、その両面がリチャード・ボナなのです。

スキャットを交えて披露するフリー・インプロヴィゼーション。

デンマーク人ベーシスト、クリス・ミン・ドーキーとのベース同士の共演。
低音が気持ちいい!

オーケストラとの共演。ベースではなくギターを手に、歌心あふれる感動的な名曲を聴かせる。

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