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daiba49さん

ローマ皇帝が開いた第一回会議のときに完全に抹殺されました。
「あなたの中に神がいる。宇宙の原理の神とあなたの神を合一することが目的」とナグ・ハマディの中で言ったキリストの言葉は、どこへいってしまったのでしょう。
もしすべての人の中に神がいることを認めてしまったら、一国民とローマ皇帝やローマ法王が同じになってしまうからです。
宗教を権力に利用するということは、こういうことです。
宗教的解釈は利権的、政治的に決まるのです。

ローマ皇帝によって選定されたキリスト教には、他宗教の要素も含まれている――

たとえば聖体拝受の儀式は、当時流行っていたミトラ教※の儀式です。
そもそも12月25日というのは、ミトラ教最大の祭日です。
イエス・キリストが生まれた日はだれも知りません。
またイシス、イシュタル、キュベレイといった女神信仰も取り入れています。
それが聖母マリアの教義に変わりました。
言わばキリスト教には少なくとも、ユダヤ教、ミトラ教、女神信仰の三つの宗教が入っているのです。
当時絶大な人気のあったミトラ教やユダヤ教などをミックスさせ、政治的に利用出来る宗教を作り出したわけです。

452年:ローマ教皇ニコラウス5世はポルトガル人に異教徒を永遠の奴隷にする許可を与えて、非キリスト教圏の侵略を正当化した。
1637年11月14日にキリスタンにそそのかされた一揆軍は天草苓北町の本渡の戦いで富岡城代の三宅重利を討ち取った。
勢いを増した一揆軍は唐津藩兵が篭る富岡城を攻撃、落城寸前まで追い詰めた。
一揆軍はこれを機に日本国内のキリシタン(16世紀末の最盛期には日本の人口の10%を占めていた)を蜂起させて内乱状態とし、さらにはポルトガルの援軍を期待した。実際、一揆側は日本各地に使者を派遣していた。

キリスト教が世界宗教になったのは植民地支配のおかげ

ナザレのイエスは都市伝説に過ぎません。実在した複数の宗教家を寄せ集めたような人物です

サンタクロースはドイツで キリスト教プロテスタントによる宗教改革の時代に、 カトリックの聖ニコラウスに替わる世俗的な存在として生み出された。 プロテスタントは聖人崇敬を廃止したため 「贈り物をもたらす新たな人物、新たな象徴が必要だった」 のだという。 ホップナー館長によれば、今のサンタクロースの外見の起源は、 19世紀にミュンヘンで発行された雑誌のイラスト。 クリスマスツリーを持ってミュンヘンの街を歩いているこのサンタクロースは、 豊かなあごひげをたくわえ、長いコートを着て頭にはフードをかぶっているが、 いかめしい顔で、悪いことをした子どもには棒で「お仕置き」をしてまわっている。 1800年代後半にドイツ系移民のトーマス・ナストというイラストレーターによって サンタクロースは米国へ渡り、皆に愛される想像上のキャラクターとなったという。 サンタクロースの赤いコートと赤い帽子の起源については意見が分かれているが、 ホップナー館長は、現代のサンタクロースの格好や常に陽気な性格は、 コカコーラの販促活動による産物だという。 「(今は)深刻そうなサンタや険し

米学者「キリスト教は、奴隷をコントロールするためのシステムとして作られた」

聖書を研究している米国の学者ジョセフ・エトヴィラ氏の説によると、キリスト教は国のプロパガンダの成果だという。ザ・インディペンデント紙が伝えた。
エトヴィラ氏は、キリスト教は奴隷たちが神の御心によって奴隷の立場にあることを信じ、奴隷を生産するために、意識をコントロールするためのシステムとしてつくられ、利用されたと指摘している。
エトヴィラ氏によると、ユダヤ人分派たちの暴動に疲れていたローマ人が、「右の頬をぶたれたら、左の頬を差し出し」、税の支払いを呼びかける「平和」のメシアの物語を作ったという。
 エトヴィラ氏は、新約聖書を綿密に調査した結果、イエスの経歴は、主にローマ皇帝の一人の人生をもとに、「以前にあった話」を基盤につくられたとの結論に達したと主張している。

キリストが捕まえられたのは木曜日ではなく火曜日だったと記されている。

またキリストは十字架に磔にされる前、キリストの処刑に関与したとされるポンティウス・ピラトゥスの家を訪れ、食事を共にしたと記されている。ポンティウス・ピラトゥスは、自分の息子を犠牲に捧げる用意があったが、キリストは、姿を変えて自ら刑を逃れることができるとしてそれを拒否し、ポンティウス・ピラトゥスを祝福したという。

古文書では、ポンティウス・ピラトゥスとキリストの会話も記されており、それは今までのポンティウス・ピラトゥスに関する悪いイメージを払拭させるという。

古文書は、なぜコプト派のキリスト教会とエチオピアのキリスト教会では、ポンティウス・ピラトゥスが聖人とされているのかについて説明しているほか、キリストの「変身能力」についても初めて言及している。これにより、なぜユダの接吻が必要であったかが部分的に理解できる。キリストは有名だった。そのため、ユダが接吻しなくても、誰がキリストなのかわかったはずだ。

処刑される前日に催された最後の晩餐を記念する聖木曜日という日があるが、古文書では、キリストが捕まえられたのは木曜日ではなく火曜日

キリストは十字架に磔にされる前、キリストの処刑に関与したとされるポンティウス・ピラトゥスの家を訪れ、食事を共にしたと記されている。

ポンティウス・ピラトゥスは、自分の息子を犠牲に捧げる用意があったが、キリストは、姿を変えて自ら刑を逃れることができるとしてそれを拒否し、ポンティウス・ピラトゥスを祝福したという。

今までのポンティウス・ピラトゥスに関する悪いイメージを払拭させるという。

、カトリックのローマ法王が「含める」と決定して、「現在の新約聖書」となっている。

つまり、新約聖書は、「200年間もの長い会議で決定された」のである。
そして、その信仰書は、成立の歴史的事情から「多元的信仰」である。
それの「どの信仰」でも仲間である。
つまり、妥協の産物である。


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『「ノーハウ本」ではなく「神学」の書籍で読みなおして下さい。』

要は、キリスト教は、事実は、実態は、複雑なのですよ。

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