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捏造記事「在特会が在日コリアンの川崎市職員に対して殺害予告?」神奈川税務署員殉職事件、朝鮮人の密造酒

在特会の殺害予告プラカードの件をWSJが記事にする。 One young man held a sign warning of a "murder date" for ethnic Korean city employees.

更新日: 2016年12月28日

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在特会の殺害予告プラカードの件をWSJが記事にする。 One young man held a sign warning of a "murder date" for ethnic Korean city employees. on.wsj.com/12tUIh1

ある青年は在日コリアンの川崎市職員の「殺害日」を警告するプラカードを掲げていた。

YUKA HAYASHI記者

13 :(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2013/05/17(金) 05:07:16.01 ID:d70NXQSC
>ある青年は在日コリアンの川崎市職員の「殺害日」を警告するプラカードを掲げていた。

嘘をつくな。
在日に殺された税務署職員の命日のことだよ。
殉職者を悼んだプラカだ。

17 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2013/05/17(金) 05:19:41.44 ID:wTmWnyAL
»13
デモ前のスピーチのときも、その話してたよな

露骨な捏造だよな。WSJの特定ハヤシ、やっちまったな

「One young man held a sign warning of a "murder date" for ethnic Korean city employees.」←WSJの誤報です。 on.wsj.com/17sLSVm @WSJさんから

「ある青年は在日コリアンの川崎市職員の「殺害日」を警告するプラカードを掲げていた」←WSJによる誤報です。>在日コリアン差別のヘイトスピーチが日本で台頭 - WSJ.com on.wsj.com/12x6APk @WSJさんから

WSJはこの件どうお落とし前付けてくれるか見物です。現場に居ながらこの誤報は一体なんなのでしょうかね。twitter.com/chomechomesuru…

いつもいつも嘘ばかりの朝鮮人には本当にウンザリ
嘘、捏造のない記事など有るのかね

22. <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん 2013/05/17(金) 05:30 ID:79Pq1t2g

▼1947年6月 神奈川税務署員殉職事件のあらまし

神奈川税務署員殉職事件(じゅんしょくじけん)とは、1947年(昭和22年)6月23日に神奈川県川崎市桜本町(現在の川崎市川崎区桜本)で発生した殉職事件である。

終戦後、極端な米不足のため、正規の酒の生産量が落ち込んでいた。その間隙を縫って「カストリ酒」なる密造酒が横行しはじめた。

単に酒税収入の激減のみならず、米が酒用に転用される分、主食用の米が減ってしまうので、飢餓が起きる可能性があった。またこれらの酒の質は劣悪で、中には有害なメチルアルコールを薄めたものまであったため、税務当局は健康上の観点からも厳しく取締りを行った。

当時の在日朝鮮人は、行政府職員への脅迫により米の配給を二重三重に受けることによって密造酒を醸造して闇に流すなどしており、深刻な問題となっていた。

これらを取り締まろうとする税務署に対しては大勢で押し掛け、取締を行わないよう要求するなど組織的な妨害活動を繰り広げていた。

事件の発端となった川崎市桜本町には在日朝鮮人集落があり、堂々と密造酒を製造していた。税務当局はGHQの指令もあり、一斉捜査を実施することになった。

1947年(昭和22年)6月23日、税務当局は税務署員88名と検事2名、警察官206名、占領軍憲兵の応援を得て、一斉取締りを敢行した。

端山豊蔵・神奈川税務署間税課長は、現場の責任者として陣頭指揮を執っていた。端山課長は、この日の取締りの事務処理を済ませて、午後9時に川崎税務署(現・川崎南税務署)を出た。

当時、朝鮮人は川崎市桜本町に千人位の部落を作り、大々的に酒類の密造を行っており、法秩序を無視した存在となっていたので取り締まりに当たる事になりました。
これはGHQから要請された事でもあり、いかに彼らが傍若無人に振る舞っていたかが分かります。
この時、先頭に立って働いていたのが端山課長で、物品の押収や残務処理を終えての帰り道に、京急川崎駅近くで闇討ちに遭い、その時に腸が切れた事が原因で亡くなりました。

(昭和22年7月4日 新聞発表)

京浜川崎駅(現・京急川崎駅)に到着しようとした時、賊数名が端山課長を取り囲み、「税務署員か?」と聞いたため、端山課長が「そうだ」と答えると、いきなり殴る蹴るのリンチを加えた。端山課長は直ちに病院に収容されたが、3日後に死亡した。後に犯人は逮捕され、傷害致死罪で懲役7年の実刑判決が下った。

1951年(昭和26年)6月26日、端山課長の命日に合わせて、東京国税局(東京都千代田区大手町)に殉職間税課長顕彰碑が建立された。顕彰碑の碑表は池田勇人・大蔵大臣の筆、碑誌は阪田泰二・東京国税局局長の筆による。

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