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【閲覧注意】日本で起こった凄惨な10の凶悪事件【戦慄記録】

さあゲームの始まりです 愚鈍な警察諸君 ボクを止めてみたまえ ボクは殺しが愉快でたまらない 人の死が見たくて見たくてしょうがない 汚い野菜共には死の制裁を 積年の大怨に流血の裁きを SHOOL KILLER 学校殺死の酒鬼薔薇

更新日: 2019年04月06日

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moratoriumさん

●女子高生コンクリート詰め殺人事件

女子高生コンクリート詰め殺人事件(じょしこうせいコンクリートづめさつじんじけん)は、1988年(昭和63年)11月から1989年(昭和64年)1月の間に、東京都足立区綾瀬で起きた猥褻誘拐・略取、監禁、強姦、暴行、殺人、死体遺棄事件の通称である。事件番号は平成2う1058。

バイト帰りの女子高生の自転車を少年が蹴り、少年Aが親切な素振りで近づき、「お前はヤクザに狙われている」「俺が助けてやる」と言い、ホテルに連れ込んで女子高校生をレイプし事件の現場となった家の自宅2階の居室に監禁した。少女は少年らの隙をついて警察に通報したのだが少年Aに見つかり阻止され、その腹いせに足にライターのオイルをかけて火で何度もあぶるという暴力行為し、レイプの対象から暴力へと変貌した。1m以上上から鉄棒を腹に落とす、トイレにも行かせず飲料用紙コップに排尿させその尿を飲ませる、1.6kgの鉄球付き棒で大腿部を数十回にわたって殴打したり、被害者の脇腹部、脚部等を多数回にわたって手拳で殴打し、全身が血だらけになり目の位置がわからなくなるほど顔を膨れ上がる程の殴る蹴るなどの行為を繰り返し、などの苛烈な行為を41日間にわたり行った。

1989年(昭和64年)1月4日「ギャンブルに負けた」という理由で、自力では立てなくなりほとんど動けなくなった被害者を2時間にわたって殴る蹴る、鉄の棒で殴るなどのリンチを加え放置し、その結果被害者は死亡した。翌日、被害者の死亡に気づき死体の処理に困った加害者たちは、遺体を毛布で包み旅行バックの中に入れドラム缶に入れてコンクリート詰めにして、東京都江東区若洲の埋め立て地(現在の若洲海浜公園敷地内)に遺棄した。

同年(平成元年)3月29日、別の事件で逮捕された際の取調中の加害者の供述により、被害者の遺体が発見されたことから事件が発覚した。

この事件は、加害者が全て少年(未成年者)であったこと、犯罪内容が重大・悪質であったこと、犯行期間も長期におよび、少女が監禁されていることに気づいていた周囲の人間も被害者を救わなかったことなどの点で社会に大きな衝撃を与えた。

●江東マンション神隠し殺人事件

2008年4月18日夜、当時23歳の会社員の女性が東京都江東区潮見二丁目の自宅マンション内から忽然と消え、親族から捜索願いが出される。最上階の自室の玄関に少量の血痕が残った状態であったことに加え、マンションに設置された監視カメラの記録に女性がマンション建物から外出した形跡がないことから、マンション内で消失した「神隠し事件」として、マスメディア各社がトップニュースで報じた。また同マンションは当時3分の1近くが空室であり、女性宅の両隣は空室であった。

警視庁はマンション住民全員から事情聴取と任意での指紋採取、家宅捜索を行い、事件発生から約1ヶ月後の同年5月25日、女性宅の2つ隣の部屋に住む当時33歳の派遣社員の男(以下、男、または容疑者の男)を住居侵入容疑で逮捕した。その後の捜査で、男は死体損壊、遺棄の疑いで再逮捕(同年6月13日)、殺人容疑で再逮捕(同年6月25日)されている。

逮捕後、男からの供述により事件の全貌が明らかとなった。

また、女性が失踪とされていた時期に、後に被疑者となる男がマンションの外で待ち構える多くのマスメディアのインタビューに応じ、すでに自分が殺害した女性の失踪を心配するそぶりを見せたり事件と無関係を装うコメントをビデオカメラの前で残していた。そのため、事件まで被害者とはほぼ全く無関係だった被疑者が顔出し動画での肉声が記録されている。

●北九州監禁殺人事件

人の弱みにつけこんで監禁をして金を巻き上げ、拷問と虐待によってマインドコントロール下に置き、お互いの不満をブチまけさせて相互不信を起こして逆らえなくし、被害者同士で虐待をさせることで相互不信を一層深くさせ、自分の手は汚さずに用済みとなった人間を殺害して死体処理を行わせた(裁判では6人の殺害と1人の傷害致死)。犯罪史上稀に見る凶悪犯罪とされ、第一審で検察側は「鬼畜の所業」と容疑者男女を厳しく非難した。

非常な残虐性・悪質性にもかかわらず、事件に報道規制がかけられたとされ、事件の知名度は高くない。当初は地元の報道機関を中心に報道をしていたが、途中から報道機関が自主規制して報道量が少なくなり、全国の報道機関での集中報道に結びつかなかったといわれている。報道量が少なくなった理由としては「あまりにも残酷な事件内容のため表現方法が極めて難しいこと」「家族同士が殺しあった事件の性格から被害者遺族がメディアに積極露出をして被害を訴えづらいこと」があるとされている。

●栃木リンチ殺人事件

1999年12月4日、日産栃木工場に勤めていた須藤正和さん(当時19歳が)リンチされ殺害されていたことが、
殺害現場にいた東京の高校生D(当時 16歳)の出頭で発覚する。すぐにA、B、C(いずれも19歳)の3人の少年が逮捕された。
3人は須藤さんを連れまわし、総額700万円以上の大金を消費者金融や友人達に借りさせ、遊びまわった。
事件が発覚しそうになると、須藤さんを首を絞めて殺害、栃木県市貝町の山中に埋めた。

●市川一家四人殺人事件

1992年2月、少年(当時19歳)は、フィリピン人のホステスと性的関係を持ったことにより、暴力団関係者から200万円を要求されていた。工面に困った少年は、その数日前に交通事故で轢き強姦した女子高校生のA子(当時15歳)の家に強盗目的で押し入る事にした。

3月5日午後4時30分頃、少年は家に押し入り、現金8万円を奪った後A子の祖母(当時83歳)を絞殺。その後、帰宅したA子を監禁し、午後7時頃に帰宅したA子の母親(当時36歳)を刺殺。A子を強姦した後、午後9時頃に帰宅したA子の父親の会社社長(当時42歳)を殺害、預金通帳を奪う。翌6日午前6時頃、A子の妹(当時4歳)を刺殺。

同日午前9時過ぎ、A子の父親の会社から「様子がおかしい」と通報が入り、警察官が駆けつけて少年を逮捕し、A子を保護した。

●酒鬼薔薇事件(神戸連続児童殺傷事件)

1997年(平成9年)に兵庫県神戸市須磨区で発生した当時14歳の中学生(以下「少年」と称す)による連続殺傷事件。別名『酒鬼薔薇事件』『酒鬼薔薇聖斗事件』とも呼ばれる。この事件で、2名が死亡し、3名が重軽傷を負った。

通り魔的犯行や遺体の損壊が伴なった点、特に被害者の頭部が「声明文」とともに中学校の正門前に置かれた点、地元新聞社に「挑戦状」が郵送された点など、強い暴力性が伴なう特異な事件であった。また、犯人がいわゆる「普通の中学生」であった点も社会に衝撃を与えた。

兵庫県警察は聞き込み捜査の結果、少年が動物虐待行為をたびたびおこなっていたという情報や、被害者男児と顔見知りである点などから、比較的早期から彼に対する嫌疑を深めていたが、対象が中学生であるため、極めて慎重に捜査は進められた。

一方で、中学生には到底不可能な犯行とされること、警察が少年に虚偽の説明をして調書を作成したとされることなどで冤罪の可能性を指摘する者もあるが犯人が否定している。

●闇サイト殺人事件

2007年8月24日午後10時ごろ、名古屋市内の路上で帰宅途中だった磯谷利恵さん(当時31歳)が、3人の男(40歳:無職、36歳:新聞拡張員、32歳:無職)に車で拉致され、殺害された。

 3人の男たちは互いに面識がなく、「闇の職業安定所」という犯罪者を募集する携帯サイトで知り合い、偶然見かけた磯谷さんを犯行の標的に選んだ。

 3人は、車に連れ込んだ被害者に手錠をかけ、もっていた現金6万2千円とキャッシュカードを奪い、カードの暗証番号を聞き出した後、被害者を殺害。命乞いをする被害者の顔に粘着テープを巻き、ポリ袋をかぶせた上で、ハンマーで頭をめった打ちにした。その後、遺体を岐阜県内の山中に遺棄した。

●津山三十人殺し(都井睦雄事件)

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