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uverootさん

休載するのがニュースになるほどの超人気漫画作家 尾田栄一郎

一度は漫画家の道を諦め、サラリーマンになろうとしていた

1975年 1月1日生まれ A型

熊本県熊本市出身

九州東海大学中退

1997年より週刊少年ジャンプにて【ONEPIECE】の連載を始める。

SMAPの木村拓哉や明石家さんま、ファンモンのファンキー加藤、など、多くの有名人も愛読している。

明石家さんまは、白ひげこと、エドワード・ニューゲートが好きで、テレビでも良く白ひげの話をする場面も。

「逃げ傷無しやぞっ!」っと、テレビでも発言する場面も良く見られる。

尾田栄一郎にも苦労時代があった。

今や知らない人ほとんどいない大人気漫画であるが

連載に至るまでには、5年もの間、壁にぶち当たっていた。

尾田栄一郎が歩んできた道とは。

漫画家という職業があるのを知った時点から漫画家を目指した尾田栄一郎。

17歳のときに短編漫画の【WANTED!】を書き上げ

手塚賞の準入賞に選ばれる。

この作品に出ているキャラクターが

ONEPIECEの本編に出ていたりと

ファンなら読んでおきたい一冊。

その後、上京を決意して漫画家を目指すが

ネーム(あらすじ)の時点でボツになるのが続いた。

このときの尾田栄一郎はどんな気持ちだったのか?

尾田栄一郎はこんなコメントを残している。

「さすがに自分の力のなさに気づいて、そうすると壁がどんどん高く見えてくるわけです。

一週間で19ページも面白い漫画を描き続けるなんていうのは、人間にできる技じゃない。

漫画家になるべくして生まれた人にしかできないことなんだと思うようになって、ショックでしたよ。」

そしてついに倒れてしまう。

とうとう漫画家になることを諦め

サラリーマンになれるかなと考えだす。

当時の担当編集者が尾田栄一郎の人生を変える

いつもはケンカばかりしていたという当時の担当編集者が尾田栄一郎に

「こんなに頑張って報われなかったヤツを俺は今までに見たことない。」

この言葉に尾田栄一郎は涙を流し、もう一度頑張ろうと決意する。

そして【ONEPIECE】が生まれる。

逆境を乗り越え

22歳のときにONEPIECEの連載がスタートする。

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