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[世界遺産の謎シリーズ] 法隆寺の七不思議と聖徳太子の呪い

様々な謎が残されている世界遺産、法隆寺。その七不思議と聖徳太子との関連性をまとめてみました。

更新日: 2013年05月27日

pump85さん

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法隆寺とは?

ユネスコの世界文化遺産。7世紀に創建され、古代寺院の姿を現在に伝える仏教施設であり、聖徳太子ゆかりの寺院である。創建は金堂薬師如来像光背銘、『上宮聖徳法王帝説』から推古15年(607年)とされる。金堂、五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分けられる。境内の広さは約18万7千平方メートルで西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物群である。

聖徳太子とは?

飛鳥時代の皇族、政治家とされる厩戸皇子または厩戸王の後世の呼称。用明天皇の第二皇子とされ、母は欽明天皇の皇女・穴穂部間人皇女とされる。

法隆寺の七不思議

・法隆寺には、蜘蛛が巣を張らない。

・南大門には、鯛石と呼ばれる奇妙な石が置かれている。

・五重塔の頂上には、四本の大鎌が刺さっている。

・宝蔵がもともと三つある。

・法隆寺の蛙には片目がない。

・夢殿の礼盤(お坊さんが座る台)の下に汗をかいている。

・雨だれをあけるべき地面に穴があいていない。

梅原猛著『隠された十字架』の法隆寺考察

隠された十字架とは?

哲学者・梅原猛が著した法隆寺に関する評論。雑誌『すばる』(当時は季刊誌)に3回にわたって連載され、1972年(昭和47年)5月に新潮社から出版された。
 法隆寺は仏法鎮護のためだけでなく、聖徳太子の怨霊を鎮魂する目的で建てられたと主張する。その大胆な仮説に説得力を持たせるため、様々な古典や史料、論考などを論拠として提示する。
 梅原猛の法隆寺論においてもう一つ着目すべき特徴は、蘇我氏を排して政治的実権を握った藤原氏が歴史を掌ったとし、『日本書紀』の実質的な著者が藤原不比等(不比等は史人に通ずるとする)と論じている所と言える。

法隆寺のミステリー

中門の柱の数が奇数で、中央を柱で塞いでいる

舎利器には必ず納められているはずの仏舎利(釈迦の骨)がなかった

まるで実在の人間(聖徳太子?)を模したような顔の秘仏。
発見時は経文が書かれた麻布にくるまれ、その布を取ると後ろの装飾は後頭部に釘で打ち込まれており、背中はくりぬかれていたという...

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