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嵐の櫻井翔が告白した父親との10年にも及ぶ壮絶な確執と和解

人気アイドルグループ・嵐の櫻井翔さんが、芸能界で活動することを反対されていた父親との確執をテレビ番組で告白。た父との葛藤は10年間にも及び、ついには和解をした2人。壮絶ならがも感動的な櫻井さんの父親との話をまとめました。

更新日: 2013年06月25日

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この記事は私がまとめました

monet333さん

父親がエリート官僚なことが知られる嵐の櫻井翔さん

映画にドラマ、ニュースキャスターと幅広い活動で人気の櫻井さん

総務省内でミスターITと呼ばれ、次官候補だった櫻井俊氏は、人気グループ『嵐』の櫻井翔の父親としても有名

俊氏は前橋高校から東大法学部に進み、77年に旧郵政省に入省したキャリア官僚。翔パパなんて言われていますが、俊氏は“ミスター総務省”と呼ばれるほどの実力派。

この父親との10年にも及ぶ壮絶な確執を櫻井さんが告白

2013年5月23日放送の『とくダネ!』で櫻井は、ジャニーズ入りを長く認めてくれなかった父との葛藤の歴史を語った

出典ameblo.jp

テレビのインタビューで確執を語る櫻井さん

軽い気持ちで自らジャニーズ事務所に履歴書を送った櫻井だったが、父親の反応は予想以上に厳しいものだった

後日、オーディションの案内通知が届いたときに、父は「何だこれ、聞いてないぞ」「行くな!」と大激怒

芸能界とは無縁の厳格な家庭で、有名私立の幼稚舎から通わせた息子の将来像とはかけ離れたものだった

芸能界とは無縁の櫻井家に届いたオーディションの案内を親が発見、叱られた中学生のころから両親との確執が生まれたと話す櫻井

嵐として大人気になっても父との確執は続いていた

1999年に嵐のメンバーとしてCDデビューを果たし、人気者になっても父親は嵐のコンサートに一度も足を運んではくれなかった

「祖父母の家に行きゃあ“いつ辞めるんだ”って言われ続けてましたし…親も黙認という形だったかもしれない」

嵐としてデビューを果たした後も、家族とのわだかまりは溶けぬままだった

その後に訪れた父との和解も語る櫻井さん

「一生に一度あるかないかだから、ひとりのコンサートなんて。下手したら今後ないかもしれない…」

出典ameblo.jp

ソロのコンサートが和解の契機に

「22か23の頃、リビングで親父とたまたま二人でいたとき、『ソロコンサートやるから来てくれない?』と初めて言った」

「そしたら『じゃあ行ってみるか』って。そのときの景色は覚えています。なんとなく認めてくれたのかなって」和解について明かした

1995年にジャニーズ事務所入りしてから約10年、やっと父親から“芸能界を選んだ、櫻井翔”を認めてもらえたと、実感できた瞬間

10年経って和解した父親はその後は嵐のコンサートにも来てくれるように

「翔が慶大を卒業したころから(父親の俊氏は)丸くなりましたね。今では嵐のコンサートにも行くし、嵐のサインに応じてくれることもあります」総務省関係者

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