1. まとめトップ

日本には歴史の闇に【愛する人と共に葬り去られた女神】がいた。それは…

歴史の闇に葬り去られた女神。瀬織津姫(せおりつひめ)。祓戸四神の一柱で災厄抜除の女神。祓神や水神として知られるが、瀧の神・河の神でもある。その証拠に瀬織津姫を祭る神社は川や滝の近くにあることが多い。

更新日: 2014年12月19日

200 お気に入り 316560 view
お気に入り追加

葬り去られた女神

瀬織津姫…現在ほとんどの人が知らない女神です。
それは私達の記憶から消されてしまったからです。

この女神についてまとめることにしました。
お時間よろしければ是非ご覧ください。


瀬織津姫には愛する夫の神様がいました…

瀬織津姫(天照大神荒御魂神)のまたの名は、撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(日本書紀より)、または八十禍津日神(悪神)

どうして悪神である八十禍津日神が祓戸神であるのか、「大祓詞後釈」ては「深き理ある事なりける」とあります。

瀬織津姫の封印を推し進めたのは持統天皇(女性天皇)だといわれています。

持統天皇は、全国的に勢力を持つ瀬織津姫を封印しなければならなかった。
それが縄文(国津神)の女神だったからだ。そこで、伊勢神宮の祭神を天照大神の女神とし、記紀から瀬織津姫の名を省き、地域の各神社の祭神を瀬織津姫以外に変えるように命令した。
その作業は驚くべく明治まで続いたらしい。
たとえば、瀬織津姫から弁財天に変えるなど←だから、弁天さんは仏教伝来の神なのに神道の神でもある

瀬織津姫の名を全国から奪っていった。抵抗する神社は迫害にあったり、殺されたりすることもあったようです。だから容赦はない。命まで奪っていく非常さの裏に、凄まじい孤独と不安の闇が見える気がする。

女神アマテラスは男性神だった

世界的に見ると太陽を女性神として祀るのは非常に珍しい。

ギリシャ神話のアポロンのように、男性神としてとらえる例が多い。

陰陽説によっても陽を日・男性、陰を月・女性に配置するところからも、日の女神とは異例かもしれない。

(ネット上の文章引用)

天武天皇崩御ののち、鸕野讚良皇后は自分の息子である草壁皇子を皇位につけようとしますが、その矢先に皇子は病死。
皇子の子である軽皇子はあまりに幼く、またライバルたる他の天武天皇皇子もいる状況で皇后は一計を案じます。それは皇后自らの即位。のちの持統天皇です。

持統天皇は女性の天皇です

(ネット上の文章引用)

持統天皇は孫である軽皇子への皇位継承を円滑にするためにある操作を行ったといいます。
歴史の編纂事業において男神アマテルを女神アマテラスに置き換えたというのです。
そしてアマテラスは神話の中で重要なシーンを演じます。
アマテラスから皇孫ニニギへの芦原中国(日本)の統治を委任する場面です(※いわゆる天下り・天孫降臨)。
以上の話を照らし合わせると、下記のような対照があることが指摘されます。
持統天皇=アマテラス
草壁皇子=オシホミミ(※アマテラスの子にしてニニギの父。自らニニギの天下りを推薦する)
軽皇子=ニニギ

つまり持統天皇は孫、軽皇子即位の正当性を高めるために、従来あった天孫降臨神話の重要神、男神アマテルを女神アマテラスとすることで、軽皇子への皇位継承とオーバーラップさせたというのです。

天照大神の正体

アマテラスの真の姿とは男神アマテル

男神アマテル=ニギハヤヒ

(ネット上の文章引用)

ニギハヤヒの正式名称はなんと、「アマテラス クニテラス アメノホアカリ クシタマ ニギハヤヒノミコト(天照国照天火明櫛玉饒速日命)」というもので、大和族の巫女称号の「アマテラスが付いていて、ニギハヤヒは祭祀王の称号が与えられており、近畿地方の王になった。だから最初のアマテラスは男性王だったのだ。

ニギハヤヒは、『アマテル・クニテル・ヒコ・アメノホアカリ・クシタマ・ニギハヤヒ ノ ミコト(天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊)』が正式名称の古代の人物で、その後、神として祭られた。

女神アマテラスは本当は男神アマテルであり、日本神話が記載されている古事記・日本書紀編纂に当たって改竄が行われた

天照大神(アマテラス)と瀬織津姫

歴史の闇に消された御二人の愛

切ないです…

縄文日本には津々浦々まで龍神が祭られていた。
伊勢の地にも、ニギハヤヒ(別名:天照大神アマテルオオカミ:男神)と一対で祭られて
いた龍神(女神)がいた。それが瀬織津姫である。

現在、アマテラスと瀬織津姫を一緒に祭った神社はありません。

瀬織津姫は様々な名前の神様に意図的に変えられてしまっている。

(ネット上の文章引用)

例外というか何というか、兵庫県龍野の「井関三神社」に饒速日と瀬織津姫が同居してます

饒速日(ニギハヤヒ)

(ネット上の文章引用)

七夕伝説の織姫と彦星

出典oekaki.jp

離ればなれになってしまった、「月の神 瀬織津姫」と「太陽の神 ニギハヤヒ」が、一年に一度出会える日、それが、七夕。

(ネット上の文章引用)

宮城県と福岡県に「七夕神社」という名前の神社があるそうです星
「七夕」は、その神社の近くの地名にもなっています。
昔は、「七夕」を「棚機(たなばた)」と表記していたらしい。

棚機津女(たなばたつめ)=棚織姫=瀬織津姫は、七夕伝説の織姫

ニギハヤヒには【彦】の名がついている

(ネット上の文章引用)

棚機とは機織り(はたおり)機――棚の構えのある形状から――のことを指し、その機で布を織る女性を指して棚機津女と言います。
伝承では、棚機津女は巫女とされています。
棚機津女は年ごとに村の中から一人選ばれ、旧暦の7月7日に人里離れた水辺の機屋の中で、その夫たる神様をその衣を織りながら待ちます。訪れた夫神は棚機津女の村に豊穣を授け、代わりに穢れを持って立ち去ります。

古事記に記されている伝承

(ネット上の文章引用)

岩手県の瀬織津姫を祭る神社に、桜松神社があります。ここには、瀬織津姫に纏わる織姫伝説があります。

1 2





このまとめに参加する