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もし住宅地に米軍機が墜落したら…「横浜米軍機墜落事件」

2013年5月28日、沖縄県国頭村安田の東南東約60キロの海上で、米軍嘉手納基地所属のF15戦闘機が墜落しました。幸い人的な被害が出ませんでしたが、もし人的な被害が出たらどのようなことが起きるのか…。1977年に横浜で起きた「横浜米軍機墜落事件」を振り返ります。

更新日: 2013年05月30日

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mii10さん

●5月29日、F15戦闘機の飛行中止を求めた沖縄県知事公室長

米軍嘉手納基地所属のF15戦闘機が沖縄本島東側の海上に墜落した事故を受け、沖縄県の又吉進知事公室長は29日、同基地を訪れ、原因が究明されない限りF15の飛行を中止するよう米軍側に要請

沖縄県民が過去に起きた米軍機による事故の悲惨な記憶を持っており「不安が強い」と指摘

●5月28日、F15戦闘機が沖縄の海上で墜落

沖縄県国頭村安田の東南東約60キロの海上で、F15戦闘機が墜落した

在沖縄米軍は「パイロットは脱出して救命いかだにつかまっている」と救助を要請。11管から連絡を受けた航空自衛隊那覇基地所属のヘリコプターがパイロットを救助した。

F15戦闘機。パイロットは脱出し、戦闘機は海上に墜落。

●最近起きた沖縄での米軍機の墜落

沖縄では米軍機の墜落が相次いでいる。

▼2006年1月
沖縄県うるま市・伊計島東沖の太平洋上にF15戦闘機が墜落

▼2004年8月
アメリカ軍普天間基地所属の大型輸送ヘリコプターCH-53Dが訓練中にコントロールを失い、沖縄国際大学1号館北側に接触、墜落、炎上

●他人ごとではない米軍機の墜落

住民に直接的被害がなかったからといって、問題を軽くみたり、「またか」という一言で片付けるようなことがあってはならない

本土の世論も「沖縄の問題を自分たちの問題として考える」という姿勢が急速に薄らいでいる

もし米軍の戦闘機が住宅地に落ちたらどうなるのか、住民に被害が出たらどうなるのかー。

実際に神奈川県横浜市の住宅街に戦闘機が墜落するという事件が過去にあった。

●忘れてはいけない「横浜米軍機墜落事件」(1977年)

1977(昭和52)年9月27日、厚木基地を飛び立った米軍機が、緑区荏田町(現在の青葉区荏田北)に墜落し、母親と2人の幼い子どもが亡くなった事件

1977年9月27日、住宅街に戦闘機が墜落するという最悪の悲劇は起きた。

画像は墜落したRF-4Bファントム。

▼1977年9月27日
午後1時17分頃、米海軍厚木基地を離陸した米海兵隊所属RF-4Bファントムジェット機がエンジン火災を起こした

相模湾沖を航行中の空母「ミッドウェー」に向かう途中だった。この1機で積んでいたジェット燃料はドラム缶65本分だったと伝えられている。

乗員2名は機外に緊急脱出し、パラシュートで神奈川県横浜市緑区鴨志田町付近に着地

現在の青葉区。

一方、放棄され制御を失った機体は5kmほど離れた同区荏田町の住宅地に墜落した

現在の青葉区荏田北三丁目・大入公園付近。

墜落地点一帯は、機体と大量のジェット燃料が飛散。炎の海は一瞬で公園と民家を飲みこんでしまった

米軍関係者は約1時間後の14時20分頃に現場に到着し、真っ先に現場周囲の人たちを締め出したのち、エンジンなどを回収。この作業の際には笑顔でピースサインを示して記念撮影をおこなう兵士もいた。

事故当時の墜落現場の様子。離陸間もないジェット機にはたくさんの燃料が積んであったため、瞬く間に火の海となった。

墜落地周辺では、火災により一般市民9名が負傷した。

エンジンの一つは林一久さん宅を直撃。中にいた妻の和枝さん(26歳)、長男裕一郎くん(3歳)次男康弘ちゃん(1歳)も大やけどを負った

3人のやけどは最もひどい “全身熱傷3度”の状態。和枝さんの長男・裕一郎くん(3歳)、次男・康弘くん(1歳)のやけどは体表面積の100%に達していた。

和枝さんも、全身8割にも及ぶやけどで病院に運ばれた

一月以上も絶対安静の危篤状態が続いた。

当時の報道記事。

和枝さんは「裕くんと康くんは他の病院で頑張って治療を受けている」という言葉を信じ、それを励ましとして厳しい治療を乗り越えた。

パパママバイバイ http://p.tl/eY4M

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