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17歳という若さで亡くなった異色の天才 山田かまち【画家・詩人】

山田かまちという17歳の少年が自宅の2階でエレキギターに感電して亡くなった。彼の死後、ベッドの下からおびただしい数のスケッチブックやノート が発見された。そこには、多感な少年の夢と憧れ、不安や惑い、怒り といらだち、そして生きる喜びをたたきつけたような絵や詩句が ちりばめられていた。

更新日: 2015年09月13日

kyotomiyakoさん

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1960-1977。群馬県高崎市生まれ。
17歳の時自宅の2階でエレキギターに感電しして亡くなった。
かまちの死後、母親がかまちの部屋のベッドの下から沢山のかまちの言葉と絵をみつけた。

「1日が24時間じゃたりないよ」
「生きることを生きろ」
など、有名な言葉を残す。

同級生である氷室京介とバンドを組んだこともあった。

「かまち」の名前の由来は、終戦直後に両親が読んだ歴史小説の主人公の名前である。その歴史小説は、「鹿麻知(かまち)」という少年が、石器時代を舞台に活躍するというものであり、両親は「終戦直後であったので、この少年のように新しい時代を強く生きるように」という願いをこめた。また、「かまち」のひらがな表記の理由は、「かまち自身が自由に漢字をあてられるように」という意図がある。

かまちと氷室京介とは、小・中学校の時の同級生。
お互いの家に行ってはよく遊んだ仲だった。

BOOWY時代の「MORAL」という曲は、かまちのことを歌っています。

かまちはイギリス、中国など多くのペンフレンドと文通していました。彼は時々ベランダに立ち、郵便配達員が来るのを待っていたといいます。世界と彼とを結ぶ重要な役割を持つ配達員に、かまちは感謝と敬意を表していたのでしょう。「ビートルズ」と「世界を繋ぐ手紙」、空想の中で暮らしたいと願った15歳の思いが、絵の中に込められています。

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