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【画像集】神の子、山本"KID"徳郁(総合格闘家)

どれだけの男達が彼の体を目標としただろう。適性60kg前後でありながら、2階級上の70kg級でKOを量産。天才レスリング一家に育ち、攻撃的なファイトスタイルで日本の格闘技界を牽引してきたカリスマ。現在はUFCに参戦中。2005 HERO'Sミドル級世界王者、神の子 山本"KID"徳郁。

更新日: 2017年11月07日

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yu_kid26さん

山本"KID"徳郁

戦績/獲得タイトル

【レスリング】
1998年・全日本レスリング学生選手権フリースタイル58kg級 優勝
1998年・内閣総理大臣杯全日本大学レスリング選手権大会 準優勝
1999年・全日本学生レスリング選手権大会フリースタイル58kg級 優勝
1999年・全日本レスリング学生選手権フリースタイル58kg級 優勝
1999年・内閣総理大臣杯全日本大学レスリング選手権大会 優勝(最優秀選手賞)
2007年・天皇杯全日本レスリング選手権フリー60kg級 ベスト8

【総合格闘技】18勝6敗(13KO)
2000年・第7回全日本アマチュア修斗選手権 ライト級 優勝
2005年・HERO'Sミドル級トーナメント世界王者

世界に誇る最強レスリング一族 山本家

大学でレスリングを始めて数年で五輪に出場した父、女子レスリングが五輪の正式種目ではない頃から女子レスリング界を支えてきた姉、総合格闘技に軽量級がない頃から格闘技界を支えてきた長男、吉田沙保里が最大のライバルと評する妹、山本家最終兵器の孫。

【レスリングを始めたきっかけは?】


5歳のとき、家の近くに父の知り合いの道場があってそこに連れてってもらったのが最初。
小学生とか子供たちがいっぱいいて、そこにポンっと。
倒したり取っ組み合いの遊びみたいな感じだった。

5歳のときに新聞でミュンヘン五輪の記事を見たら、親父が悔し泣きしてる写真が載ってて、ガキのくせに体中の血がカーっとなった。

ミュンヘン五輪で不可解な判定に涙を飲み「幻の金メダル」と評される父の為に、オリンピックでその金メダルを取る。
幼き頃から3兄姉は決心し、父の英才教育が始まった。

レスリングに打ち込む子供たちを少しでもサポート出来ればと、母はレスリング公認審判員の資格を取得。
文字通り家族一丸となった。

出場する大会は殆ど優勝し、たちまち山本一家の名前は全国に轟いた。

【総合格闘技を始めたきっかけは?】


「大学までずっとレスリングでオリンピック目指してたけど、ある日姉ちゃんに修斗のビデオ見せてもらって、衝撃を受けた。うわーこんな喧嘩みたいなことしてお金貰えるんだみたいな。でレスリングと階級かぶるから俺の階級見てみたら、何でこんな奴らが出てんの?俺の方が絶対強いだろって思って。で次の日からレスリングやめて総合始めた。こっち面白そーと思って。」

以前から親交のあった修斗ヘビー級王者、エンセン井上の下ですぐに弟子入り志願

最初はまずヘビー級のエンセンとスパーリングをした。
まだ何も教えてもらってないのに。

案の定ボコボコにされた。意識がなくなりかけた。
でもそのときエンセンには全然効いてないんだろうけど、自分なりに持ってたものをぶつけた。
最終的に顔も腫れ上がるまで殴られて、腕も極められて、絞め落とされた。


そしてスパーリング後に、エンセンに言われた一言
「お前根性あるよ。やってけば強くなれる。」

それを信じてここまでやってきた。
この人たちの3倍練習しようって。

『格闘の神様の子供、俺は。神の子』


大学でレスリング始めて何年かでオリンピック出ちゃった父親は俺の中で神。
その子供だから神の子。



地上波だし、試合前に煽りV撮るときにテンション上がってノリで言っちゃった。
あれ使われてる!こんなこと言ったっけみたいな。笑

でもまあ、それを言えるか言えないかだから。

小学校時代、当時小1だった妹(山本聖子)に「一緒に帰ってもいい?」と言われると、KIDは嫌な顔をせず一緒に帰ってあげていた。

とくに妹はお兄ちゃん子で、KIDに彼女ができると兄を取られたという感覚で嫉妬心があった。
また、KIDがアメリカに留学するときは、「お兄ちゃんがいない家に帰りたくない」とショックで泣いた。


夏場は姉(山本美憂)に「アイス」と言われると、ダッシュでコンビニに買いに行き、溶けないうちに買って帰ってきていた。
「そのおかげでスタミナがついたかな」

KIDの額にある傷は、美憂との喧嘩の名残とのこと。

とくに妹には厳しい愛情があった。
「彼氏ができたら俺に見せろよ」と前々から言っていたKID。年頃になり、妹に彼氏ができる。

何らかのトラブルで妹が彼氏に泣かされた、という話を姉経由で聞いたKIDは、妹に内緒でその彼氏の電話番号をチェックし「お前いい度胸してんじゃねえか」と脅迫電話。

相手が電話を切って出なくなるや否や、今度は鬼のように「覚悟しろ」等とショートメールを送りまくった。

すると妹が泣いて「そういうことするのはやめて!」
KIDは「ええ・・・俺はお前のためにやってるのに」と動揺

当時の自分についてKIDは「危ない男っすね。笑 今思えば酷いことしたなって」

【レスリングをやってて、良かったことと悪かったことは?】

嫌だったのはしごき。日本にいたときはこれが嫌で嫌で。
アメリカでは「やらない奴はもういい」って感じで、練習しない奴は相手にされないだけってのがよかった。

「もうレスリングやりたくない」って時期もあった。
友達が遊びに行ってる時でも練習だし、誕生日プレゼントなんてなかった。
レスリングの試合で優勝したら好きなもの買えるっていう。

ガキの頃の思い出はとにかくレスリング。
旅行っていったら全国大会。
だから、普通の子が残してるような思い出がない。
ただ、その分強くなれて、ここまで来れた。

ベンチプレスは高校のときスッゲエはまってて、MAXは125kg(当時体重59kg)

子供の頃からよくケンカをしていたKIDだが、そのどれもが正義感の延長線上のものだと父は語る。

弱いものいじめが大嫌いで大勢での陰湿ないじめはせず、基本的に喧嘩は1対1(主に上級生相手)。

自分から喧嘩を売ったことはなく、逆にKIDは守る側で女の子を守っていたとのこと。

親が喧嘩について問いただしても、KIDはその理由を絶対に言わなかった。

同時に相手のことも絶対に悪く言わなかったので、結局KIDの親が謝りに行かなきゃいけなかった。

先生に取り押さえられ、「喧嘩に加わって逃げた仲間の名前を白状したら許してやる」と言われても絶対に口を割らなかった。

高校時代のアメリカでの試合は全部思い出に残ってる。
例えば州の大会の決勝とかだと、観客の数が半端じゃない。
だからめっちゃ気持ちよかった。

チアリーダーとかいっぱいいて、優勝するといろんな学校のチアリーダーから電話番号をもらったり。
日本から来たってこともあって、酷い野次もありましたけど、それも気持ちよかった。
「すいませーん、勝っちゃいました」みたいな感じで(笑)

米国アリゾナ州のマルコス・デ・ニーザン高校でKIDは3度も州の高校チャンピオンに輝いた。
その成績は今もなお、同校での伝説になっている。(下記リンク参照)


高校通算112勝4敗
1996年は32勝0敗の無敵だった

大学に入学すると、上級生>下級生という絶対服従の洗礼を受ける。

姉が世界王者で有名ということで、特別に妬みを持たれていたKIDは部の先輩から露骨なキツイ練習等の嫌がらせを受ける。

ある日ストレスが限界に達し、当時一年生のKIDと上級生が殴り合いに発展。

普通は上級生に軍配が上がるのだが、KIDと普段は何も言えない他の一年生が団結して上級生をフルボッコ。

以降上級生はKIDにビビり、殴り合いはおろかレスリングの試合でも結果を出すKIDにデカい顔が出来ず、嫌がらせはなくなった。

【KOへのこだわりは?】


「面白いじゃないですか。負けるのも勝つのも。分かりやすいし。判定はたまにグレーなとこがあるし、やってる俺もモヤモヤが残る。見てる方もスカッとしないから。KOが一番いい。俺が逆の立場ならつまんない試合見たくないし。みんなの記憶の中に残りたいから。」


「あくまでも潰す。心まで潰す。二度と俺とやりたくないと。」

【どんなファイターになりたい?】


「人に刺激を与える選手。俺も刺激を受けた選手がいるし。見てて自分も強くなった気分にさせてくれるような選手になりたい。」

KIDは大学生のころ。病気で母親を失っている。

当時家族は失望に暮れ、三か月後に大会を控えていた姉は無気力に、妹はレスリングを辞めたいとまで言い出した。

しかしKIDだけは違った。

母のお葬式の僅か3日後に控えたインカレに辞退することなく出場、そして優勝。

KIDの優勝は夢を失いかけていた姉妹へのメッセージになり、後に妹も世界選手権で優勝した。

KIDは大学が山梨だったが、母が病気のため病院で療養しているときに、山梨から頻繁にお見舞いに通っていた。
例え全日本選手権の前日であっても看病し続けた。

「口には出さないけど、親への気持ちを凄くもっている青年」と父は語る。

母・憲子
「一番心優しかったのは徳郁よね。誰かを叱るとうちはすぐベランダに出しちゃうんですよ。徳郁が出されてる時は結構みんなね、触らぬ神に祟りなしで、何か言うと余計親がカッカするから親が静まるまで待ってるんだけど、徳郁は美憂とか聖子がベランダに出されると、『お願いです。お姉さまを入れてください。お願いします。入れてもらえないなら僕も出ます。』って言って一緒に出るの(笑)」



KID「俺の親父が厳しかったから。子供に厳しい教育はいいと思う。でも厳しくしても、逃げ場がないとダメだと思う。多分(母は)俺にとって逃げ場だったと思う。」

昔、街中である若者がお年寄りを突き飛ばした。
それを見たKIDはその若者の首根っこを掴み、警察に突き出したのだ。

あの2人(姉妹)が有名になってるから、俺も有名にならないとヤバいかな。
3人で有名になりたいから。

「K-1に出る総合の選手ということで、俺が噛ませ犬扱いされてたことは知っていた。でも噛ませ犬がいきなり勝ったら盛り上がるじゃないですか。みんなブチ上がんだろうなって(笑)  面白いの見せて盛り上げてやるよって。」

数週間前にオファーが来たというK-1デビュー戦で、舌を出しノーガードで挑発。
不気味な笑顔で優勝候補の村浜武洋を粉砕。
大会最大の番狂わせであった。

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