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ハッとする言葉に出会える。茨木のり子さんの詩

国語の教科書に掲載された「わたしが一番きれいだったとき」や「自分の感受性くらい」など、多くの人が茨木のり子さんの詩を目にしたことがあると思います。今回は代表作を中心に、詩の一部と関連ツイートをまとめました。昔読んだことがある人も、今読んでみると違ったように感じるかもしれません。

更新日: 2013年06月23日

くまもちさん

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● 茨木のり子さんについて

茨木のり子さんは戦後を代表する女性詩人。その詩ひとつひとつに、時代に屈せず、まっすぐに生きる真摯な姿勢が感じられ、今も多くの女性から支持されています。

「わたしが一番きれいだったとき」は多数の国語教科書に掲載され、彼女の最も有名な詩のうちの1つである。

国語の教科書に掲載された「わたしが一番きれいだったとき」や「自分の感受性くらい」など、多くの人が茨木のり子さんの詩を目にしたことがあると思います。

今回は代表作を中心に、詩の一部と関連ツイートをまとめました。昔読んだことがある人も、今読んでみると違ったように感じるかもしれません。

「わたしが一番きれいだったとき」「倚(よ)りかからず」などの詩で知られ、2006年に79歳で死去した

2006年、自宅で脳動脈瘤破裂によって急逝した彼女を、訪ねてきた親戚が発見する。きっちりと生きることを心がけた彼女らしく遺書が用意されていた。

「私の意志で、葬儀・お別れ会は何もいたしません。この家も当分の間、無人となりますゆえ、弔慰の品はお花を含め、一切お送り下さいませんように。返送の無礼を重ねるだけと存じますので。“あの人も逝ったか”と一瞬、たったの一瞬思い出して下さればそれで十分でございます」

● 自分の感受性くらい

すがすがしく生きたいと思う心そのままを、確かな視線と優しい言葉でとらえた、あざやかな茨木のり子の詩の世界。1969年から1976年にかけての作品20篇を収めた詩集。(出典:Amazon商品の説明)

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ..茨木のり子さんの詩。松田美由紀さんがFacebookでトップ表示にしていて知った。とても同感。心のどこかにいつも置いておきたい言葉  twitpic.com/aff9c7 @MATSUDA_MIYUKI

「こんな時代を生きる若者を軽々しくののしるな」と大人に言いたい。しかし、当の若者たちには冷徹にこの言葉を渡したい。「駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄 自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」(茨木のり子「自分の感受性くらい」)

この本は私が小学生の終りころか中学生の時に 自分で購入しました。 テレビ番組の「金八先生」の中で武田鉄也が読み上げて いたのを見て、お小遣いをためて購入しました。 今思えば多分あの頃の自分には、内容の殆どを理解することはできなかったはずなのに 涙がとまらず、何度も何度も読み返していました。

● わたしが一番きれいだったとき

強く、潔く、胸を張って生きていくために―戦中・戦後をまっすぐに生きた女性詩人が今を懸命に生きるあなたへ贈るメッセージ。(出典:Amazon商品の説明)

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達がたくさん死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

【わたしが一番きれいだったとき わたしはとてもふしあわせ わたしはとてもとんちんかん わたしはめっぽうさびしかった】自分を叱る、自分を励ます、茨木のり子の詩歌集。(水谷) pic.twitter.com/J3c48zsB

『言の葉1 茨木のり子』好きな詩人の茨木のり子。詩のテーマは深く、人種差別・女性の自立・戦争批判等、決して甘くなく読んでいて複雑な想いを抱くものも何編か。戦争経験者としての思想が如実に作品に影響されているのだなと。個人的に好きな「わたしが一番きれいだったとき」は衝撃的。 #感想部

● 汲む

中国人の強制連行を端緒とする実際のできごとをもとに書かれた詩劇「りゅうりぇんれんの物語」を含め、「花の名」「汲む」等全14篇を収録。(出典:Amazon商品の説明)

あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
わたくしもかつてのあの人と同じぐらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです

出典茨木のり子『汲む』

茨木のり子詩集「鎮魂歌」の『汲む』の一節、読んでて掌が熱くなった。“頼りない生牡蠣のような感受性” 、そんなものでできてるわたしは殻から出たり入ったり。

「あらゆる仕事 すべてのいい仕事の核には 震える弱いアンテナが隠されている きっと……」茨木のり子『汲む』

手元に茶色くなった高校の時のプリントがある。まだ手書きのだ。茨木のり子さんの「汲む」である。全文好きだが「大人になってもどぎまぎしたっていいんだな」以降の詩は、その後何かにつけとろい私の心の支えとして今日に至る。震える弱いアンテナをずっと持ち続けていたいと思う。

● 水の星

軌道を逸れることもなく いまだ死の星にもならず
いのちの豊饒を抱えながら
どこかさびしげな 水の星
極小の一分子でもある人間が ゆえなくさびしいのもあたりまえで
あたりまえすぎることは言わないほうがいいのでしょう

出典茨木のり子『水の星』

「いのちの豊饒を抱えながら どこかさびしげな 水の星」(茨木のり子『水の星』)なんて表現を目に入れちゃうと、困る夜。こう続く「極小の一分子である人間が ゆえなくさびしいのもあたりまえで」、そして「あたりまえすぎることは言わないほうがいいのでしょう」と結ばれる。

● もっと強く

選挙の投票のときに心に刻むべき詩―――「もっと強く願っていいのだ わたしたちは明石の鯛が食べたいと もっと強く願っていいのだ わたしたちは幾種類ものジャムがいつも食卓にあるようにと もっと強く願っていいのだ わたしたちは朝日の射す明るい台所がほしいと」(茨木のり子『もっと強く』)

なぜだろう
萎縮することが生活なのだと
おもいこんでしまった村と町
家々のひさしは上目づかいのまぶた

おーい 小さな時計屋さん
猫背をのばし あなたは叫んでいいのだ
今年もついに土用の鰻と会わなかったと

出典茨木のり子『もっと強く』

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