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homeearthさん

オスプレイとは

V-22はアメリカ合衆国のベル・ヘリコプター社とボーイング・バートル(現ボーイング・ロータークラフト・システムズ)社が共同で開発した軍用機。翼(回転翼)の角度が変更できるティルトローター方式を採用した垂直離着陸機であり、固定翼機とヘリコプターの特性を併せ持った機体である。米国の海兵隊から順番に海軍や空軍へも配備が始まっている。

従来の輸送ヘリコプターに比べ、高速かつ航続距離にアドバンテージがある。

本機の愛称であるオスプレイ(Osprey、オスプリー、オスプレィ)は猛禽類のタカの一種である「ミサゴ」のことである。

性能

時速は約500キロメートルで、CH46の2倍近い。航続距離は約3900キロメートルで、CH46の5倍以上。作戦行動半径(人員・物資を搭載して、目的地と往復できる距離)も約600キロメートルで、CH46の約4倍。空中給油も可能で、1回の補給で行動半径は1000キロメートルを超える。これは、沖縄を中心にすると、朝鮮半島、中国大陸東部、南シナ海までを含む範囲。輸送兵員も24人でCH46の2倍、貨物の搭載量も約3倍。飛行高度も最高約7500メートルで、他機からの攻撃も受けにくい。こうした点から政府内では、北朝鮮や中国に対する軍事抑止力としての期待が高まっている。

特徴

オスプレイは、左右の固定翼にそれぞれ回転翼(ローター)を備えている。その角度を97.5度から0度まで(垂直方向から水平方向まで)変えることにより、ヘリのように垂直離着陸や空中停止することも、飛行機のように水平に高速飛行することも可能。また、中間の60~75度で、短距離離着陸 (STOL)もできる。

初飛行は1989年で、正式配備は2007年。イラク、アフガニスタン、リビアでの実戦にも投入されている。

危険と言われる理由

実用化に至るまでに不幸な事故が立て続けに起きたために「未亡人製造機」と呼ばれもしたV-22ではあるが、正式運用なった現在のところ、海兵隊の運用回転翼機の中ではもっとも事故率が低い機体であることが公開されている。

在日米軍基地に配備が予定されているアメリカ海兵隊所属のMV-22[48]の10万時間当たりの平均事故率は、2012年4月11日の事故後に1.93となっている。事故前は1.12であり、いずれも米海兵隊所属の飛行機平均の2.45を大きく下回っている[49]。現在、在日米軍に配備されているCH-53Dの事故率は4.15であり、MV-22の事故率は高いどころか低い。

すでに軍高官だけでなくアメリカ合衆国大統領ら政府要職、および海外の軍将官(中国軍将軍もいる)も搭乗しており、運用面での注意事項はあるものの、特別な問題視はされていない。

情報が信用できないと言う方も、、、

オスプレイの論点はもっぱら安全性だが、防衛省が公表する資料によれば、事故率自体は米軍運用航空機の平均よりも低い。このため反対論は、政府への不信を前提として、その説明や公表資料が信用できないといった流れに傾きがちだ。

現在、沖縄県にあるアメリカ海兵隊普天間基地に配備されるMV-22について、安全性を問う一部団体が存在しているが、上記配備数と事故率を踏まえ、言いがかり、あるいは牽強付会に近いものであるか、懸念すべき点であるかは皆さんの判断にお任せしたい。
(普天間基地周辺で航空機事故が発生した場合、現在の密集した民家・施設などを考えると付随被害の甚大さと危険性は確実に懸念すべき点ではあるが、これはV-22のみならず、普天間基地を離発着するすべての航空機に言えることであるという点のみ指摘にとどめる)

では、実際の事故はどうなのか

V-22は試作機段階で2回、重大な事故を起こしている。

試作段階での事故

V-22は他の航空機同様、いくつかの事故を起こしている。

1回目の事故
1991年6月11日に試作5号機が初飛行時に左右に揺れながら離陸後、数mの高さから大きく機体を傾けてナセルとローターが接地し、機体は転覆して地上へ落ちた。火災も起きずパイロット2名は脱出して軽傷で済んだが、機体は失われた。

墜落原因は、飛行制御システム(FCS)の3つのロールレイト・ジャイロの配線の内の2つが逆に接続されていた

低率初期生産段階での事故

2回目の事故
1992年7月に試作4号機が気候試験でエグリン空軍基地からクアンティコ米海兵隊基地へ飛行中の着陸直前に右エンジンナセルから出火した。制御を失った機体はポトマック川に頭から落ちて、乗っていた海兵隊員3名と民間人技術者4名の計7名全員が死亡した。この墜落の影響でFSD機が全機飛行停止となった。

事故原因は、潤滑油が漏れてエンジンナセル内に溜まっていた状態で着陸のためにナセルをティルトしたのでオイルがエンジンの高温部に触れて発火したものとされた。

3回目の事故
2000年4月8日に14号機が夜間侵攻での兵員輸送を想定した作戦試験時に墜落事故を起こし、乗員4名と米海兵隊員15名の計19名全員が死亡した。

事故機は他のV-22に後続飛行しながらナセルを立てて着陸進入状態にあり、前方機が減速したので衝突を回避するために急減速し急降下を同時に行った。操縦不能になる直前には、対気速度30kt以下で毎分約2000ft(610m)で降下していた。規定の降下速度である毎分800ft(244m)の2.5倍の急激な降下であったため、自らが生み出したVRS(vortex ring state、ボルテックスリングステート、セットリングウィズパワー、渦輪状態)と呼ばれる下降気流によって揚力を失ったための墜落事故だとされた。

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