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世界が騙された「オオカミ少女」というウソ

インドで発見された2人の少女、アマラとカマラを覚えていますか?親に捨てられ、狼に育てられた野生児の有名な話で、教育の重要性を説くための物語としても広く教えられてきました。…が、この狼少女の物語は、現在では完全に否定されているようです。

更新日: 2015年06月05日

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オオカミに育てられた少女の話

アマラとカマラは、1920年にインドのミドナプール付近で狼とともに暮らしているのを発見された二人の少女

現在の西ベンガル州ミドナプール付近で発見された、野生児とされています。

孤児院を運営するキリスト教伝道師ジョセフ・シングによって保護、養育された

伝道旅行中にゴダムリという村に立ち寄ったシング牧師は、森に化け物がいるという噂を聞き、好奇心から村人たちと化け物狩りに出かけ、何度かオオカミと一緒にいる化け物に遭遇するうち、それらが人間の子供であると気づき、オオカミを追い払い保護したとされています。

暗闇で目を光らせ、四つ足で走り、死んだ鳥の肉をむさぼる二人の姿はまるでオオカミ

保護された2人の姿や行動は、まるで人間ではなく、オオカミのそれだったとシング牧師の著書には記述されています。

聴覚と嗅覚が非常に敏感で、顎の骨が発達し、牙がとがり、目はギラギラと輝き暗闇の中でも苦も無く行動できた

彼女らの身体は、野生生活に適応するため、通常の人間とは違ったようです。

アマラとカマラとされる写真

シング牧師は、彼女らを人間社会に融和させようと試みた

野生に育った彼女らの人間らしさを取り戻させるため、シング牧師は直立二足歩行のための訓練、単語を覚えさせる訓練などを試みましたが、最後までほとんど人間らしさを取り戻すことはできませんでした。

一年たってアマラは腎臓炎で死亡。その8年後にカマラもまた、アマラの後を追い死亡

寄生虫に冒されるなど、病によりアマラは1921年9月21日に腎臓炎で死去、カマラも1929年11月14日、尿毒症によって死亡しています。

カマラは成長の過程で少しずつ人間らしさを取り戻しましたが、推定17歳で亡くなるまでに3~4歳の知能までしか発達することができませんでした

保護後も9年間生き続けた年長のカマラは、訓練の結果単純な社会的行動も見られるようになったが、それ以上の成長はなかったといいます。

昔、小学校の教科書などに載っていた

1926年に「ニューヨークタイムス」などで紹介されたのがきっかけで世界中に広まり、日本の小学校などの教科書にも幼少期の教育の大切さを実感させる実話として、この話が掲載されていました。

地面に置かれた皿に顔を近づけてなめるように食事をする、カマラとされる写真

しかし信憑性に疑問が…

シング牧師が記している「夜中に目がギラギラ光る」「犬歯が異常に伸びている」「汗をかかない」「夜の方がよく目が見える」という性質を人間が持つことは生物学的にありえません

シング牧師の記述には、生物学的な矛盾点が多く見られます。

カマラを実際に見たことがあると証言する人のうち、四つんばいで移動したり生肉を食べたところを目撃した人はひとりも確認されなかった

社会学者のウィリアム・F・オグバーンと文化人類学者のニルマール・K・ボースが1951年から1952年にかけて行った現地調査では、2人が孤児院に存在していたことは認められたものの、シング牧師(調査時は既に死去)が話しているような事実は確認できなかったとされています。

オオカミのメスは積極的に乳を与えず、ヒトの乳児も乳首を口元に持って行かないと乳を吸わないため、授乳が成立しない

ヒトとオオカミでは母乳の成分が違うためヒトには消化できないという点も、信憑性に対する有力な疑問となっています。

オオカミの群れは餌を求めて広範囲を移動するが、その速度は時速50kmに達し、人間の短距離走者でさえ時速36kmほどしか出せないことを考慮すると幼児が移動に耐えられるとは考えにくい

年少の子(アマラ)は、保護時約1歳6ヶ月と推定されており、とてもオオカミの移動速度にはついていけなかったのでは。

現在ではこの話はウソであると結論されている

アマラとカマラはオオカミ少女でなく、おそらく重度の障害児だった

現在は研究者により、彼女たちは実際にシング牧師の孤児院にいたが、野性児などではなく、自閉症もしくは精神障害の孤児だったと考えられています。

「狼少女」の行動が、自閉症児に同じように見られ、それ以外の行動もオオカミに育てられたと考えずとも説明がつく

自閉症や知的障害を患っていたために親に捨てられ、路上で生活していたのを保護された子供たちの行動が獣じみていたため、「オオカミに育てられた」と捏造し宣伝していたようです。

四つ足で歩き、生肉を食べたりするなどしている2人の写真は、彼女たちが死んだ後の1937年に撮影されたもの

つまり、アマラとカマラとは別人の捏造写真が広く彼女らのものであると信じられていました。

この物語は、「赤ずきんちゃん」や「オオカミと3匹の子豚」みたいな感じで、完全に創作として扱われています

現在では、真実ではない創作された物語として認識されています。

何故ウソをつき、それが広く信じられたのだろう?

1941年にアメリカの心理学者のゲゼルがこの物語を紹介する本を書いたのがきっかけで、「オオカミ少女」が再ブームになりました。ゲゼルは心理学の権威だったため、当時のアメリカでも大勢の人が信じた

子どもの発達研究の分野のパイオニアとされる米国の心理学者、アーノルド・ゲゼルによって紹介されたのをきっかけに、いったん鎮静化していたオオカミ少女の話は再度世界中で話題となりました。彼は直接にそのオオカミ少女たちを見ておらず、シング牧師の話を信じてしまったのです。

心理学者アーノルド・ゲゼル
(1880年6月21日 - 1961年5月19日)

当時「世界の秘境」だったインドの、しかもジャングルに実際に行こうとした専門家や記者はいませんでした。そのため、シング牧師などの撮った写真の数々と記録だけが唯一の証拠となりました

今だったらこんな話があれば世界中のマスコミが駆けつけるのでしょうが、1920年代にインドの秘境まで事実を確かめに行く者はいなかったようです。

インドの孤児院に多額の寄付金が集まるので、関係者みんなで口裏合わせて嘘をついた

結局、今ではこの話を創作したシング牧師は、金銭目当てのスキャンダラスな詐欺事件の首謀者として扱われているようです。

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