1. まとめトップ

鳥取砂丘ってなぜできたの?

広大で雄大な風景を見せてくれる鳥取砂丘。自然が作り上げた不思議な風景と思っていましたが…。自然が織りなす前があったんです!?

更新日: 2013年09月08日

10 お気に入り 49087 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

一面に広がる砂と青空がとてもきれい。
雄大な姿が素敵ですよね。

砂丘(さきゅう)とは(砂漠と比較)

砂丘とは、風によって運ばれた砂が堆積して出来た丘状の地形

砂漠とは、降雨が極端に少なく、砂や岩石の多い土地のこと。

砂漠と砂丘の違いは雨の量。
砂漠は乾燥地気候の中で乾燥が著しい地域
乾燥のため生物の活動がほとんど維持されない不毛の地

砂漠は
・雨がほとんど降らず乾燥が著しい
・生物活動がほとんど維持されない不毛の地

鳥取砂丘では、雨もたくさん降るし、冬には雪も積もります。
植物も育ちますが砂の動きが激しいところでは植物が生長しにくく、
広大な砂の面が広がっています。

砂丘は
・雨もたくさん降り、冬には雪も積もる
・植物も育つが砂の動きが激しいので生長しにくいだけ

鳥取砂丘はどうしてできた?(砂丘事務所)

1.中国山地の岩石が風化作用を受け、もろくなって砂となる
2.砂は雨に流されて千代川によって運ばれ、日本海へ
3.日本海の海底に堆積した砂は沿岸流と波の働きによって岸へ
4.打ち上げられた砂が強い北西の風によって内陸へ

やっぱり自然にできたんですね。
なーんだ。

ん?でも、中国山地の岩石が風化して砂となって
…って
なぜ、この場所だけに出来たんだろう?なぜ??

ほかの場所にも出来ていても
おかしくないんじゃ??

もう少し詳しく探してみると

もっとも大きな原因は、
山地の森林が薪や木炭などの燃料の生産源

作物栽培用の有機肥料や家畜の貴重な飼料源であったために、
山地の森林は過酷な利用(消費量が生産量を越える状態)に陥りやすかったから

決定的には、出雲を中心に砂鉄製鉄が盛ん

鉄分含量の多いところは
「かんな流し」という山地を崩して原材料を集めるという荒っぽい方式がとられた

たたら製鉄は山を荒らしては、次なる地帯へ移動

江戸時代末期には山地の荒廃は想像を絶する程度だったかもしれない。

たたら製鉄とは?

踏鞴製鉄とは、世界各地でみられた初期の製鉄法で、
製鉄反応に必要な空気をおくりこむ送風装置の
鞴(ふいご)がたたら(踏鞴)と呼ばれていたためつけられた名称。

踏鞴製鉄は大量の木炭を燃料として用いる為、
近世以前の中国山地では踏鞴製鉄の為に
禿げ山となった地域が珍しくなかった。

もともとの砂丘の規模は防風林の植林以前よりは小さく、
周辺には樹木が多く生えていた。

その後タタラ製鉄の燃料のためこれらを伐採した結果、
砂丘が人為的に広がったという経緯がある。

1