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有吉から真中瞳になすびまで…「電波少年」出演者のその後って?

90年代を中心に放送され話題を呼んだ日本テレビの番組「電波少年」シリーズ。番組にはたくさんの芸人さんらが登場し、過酷な試練をこなす様子が人気となりましたが、その彼らは今いったいどうしているのか?大ブレイクしている有吉弘行さんら、出演者のその後をまとめました。

更新日: 2014年03月30日

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monet333さん

・90年代を中心に放送され話題を呼んだ日本テレビの番組「電波少年」シリーズ

その斬新すぎる企画で話題を呼んだ「電波少年」シリーズ。『進め!電波少年』『進ぬ!電波少年』『電波少年に毛が生えた 最後の聖戦』と続いた。

電波少年シリーズは、1992年7月5日から2003年2月22日にかけて放送された日本テレビ系列のバラエティー番組のシリーズ

当初は番組タイトルを『進め!電波少年』、司会は松村邦洋と松本明子でスタート、メインプロデューサーは土屋敏男(Tプロデューサー)

全盛期には視聴率30.4%を獲得し、日本テレビの1990年代黄金期を支えた番組

アポなし、突撃、ヒッチハイク、さまざまな無茶に挑戦したテレビ史上類を見ない伝説のバラエティ

・この「電波少年」シリーズの出演者のいろいろとすごいその後

▼有吉弘行(猿岩石)

▶︎番組でやったこと

有吉といえば、お笑いコンビ「猿岩石」時代にユーラシア大陸をヒッチハイクで横断し、一躍“時の人”となったことで有名

最初の頃は知名度の無さから低迷していたが、インドを過ぎた頃から人気が出始めた。2人は1996年10月に無事ロンドンにゴール

著書「猿岩石日記」はシリーズ250万部を突破したり、「白い雲のように」はミリオンセラーとなったりと、その活躍は華々しかった

コンビ解散〜不遇の時代を経て、毒舌キャラで大ブレイク!

その後も芸人は辞めず、「内村プロデュース」(テレビ朝日系)といったバラエティ番組に出演し、再ブレイク

『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!』で繰り広げられた毒舌が注目を浴び、2007年頃から再び仕事が増加

2014年の番組で共演した有吉さんとTプロデューサーこと土屋敏男氏

日本最多を誇るタレント・有吉弘行のツイッターのフォロワーが2014年3月1日夜、国内初の300万人を突破

あっ、フォローしてくださっている方が300万人を超えました。 なんかありがとうございます。。。 なんかすみません。。。 なんかまだ続けます。。。

▼真中瞳(現在は東風万智子)

▶︎番組でやったこと

当時は真中瞳として人気に。「ニュースステーション」のキャスターもつとめていました。

『進ぬ!電波少年』の企画「電波少年的ハルマゲドン2」「電波少年的80日間世界一周」でブレイク

初対面の男と3カ月間有刺鉄線で囲まれた核シェルターで共同生活を送ってみたり、チューヤンとのコンビでの「80日間世界一周」では、旅費を稼ぐためにホステスにも果敢に挑戦

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