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これ怖い・・・安倍総理演説中にプラカードを没収された女性の身におきたとっても怖い話

プラカードを没収された人に話をきいた を追加しました。

更新日: 2016年06月10日

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自民党スタッフによって没収されたボードは、一週間後、教えていないはずの女性の勤務先宛に郵送で返却された。。。

女性は、JR福島駅前で行われた安倍首相の第一声を聞きに行った。「総理、質問です。原発廃炉に賛成?反対?」と印字した紙を段ボールに貼り付けた。演説開始の前に、男性四人が取り囲んだ。一人は「警察の者ですが」と名乗った。別の一人は「ここは演説会で、国会とか質問して応答する場じゃないですから」ととがめた。自民党スタッフの名刺を差し出した男性はボードを「一時預かる」と持ち去った。
 男性たちは「どういうアレですか、どちらから来られたんですか」と質問を続け、「連絡先を教えて」と執拗に迫った。女性の住所や名前を聞き出してメモした。女性は、「もう帰りますから」と泣きながらその場を立ち去った。女性が演説を撮影しようとしたスマートフォンの動画に、一連の様子の一部が記録された。
「連絡先をしつこく聞かれ、本当に怖かった。逮捕されるのではと思うくらいだった」と女性は振り返る。ボードは一週間後の十一日、教えていないはずの女性の勤務先宛に、郵送で返却された。

プラカードを没収された人に話をきいた

――さぞ怖かったのでは

その時は泣きながらその場を立ち去りました。プラカードを取り上げられて、自分はとんでもない間違ったことをして、家族に迷惑をかけてしまったという思いが強かった。ところが帰って夫に話したら「自民党のスタッフにプラカードを取り上げる権利はないはず」と言われ、知り合いの弁護士にも相談すると「憲法で認められた表現の自由を侵害している恐れがある」という答えが返ってきました。

そして自分でも冷静になって考えてみると、プラカードを掲げたり、声を挙げたりしたわけではないのに、取り囲まれて没収されたのはなぜ? 思いを発信する場もなく、言いたいことをがまんして生きていくしかないのか、と納得できない思いが強まったのです。

――プラカードは戻ってきましたか

はい、後日「会場警備にご協力いただき有難うございます」と書かれた紙と一緒に郵送で戻ってきました(記事トップ画像)。私の家はお寺で、幼稚園が併設してあるのですが、教えていない幼稚園の住所に、これも教えていない電話番号が書かれて届けられました。きっと警察か誰かが調べたのだと思います。

――動画を公開した反響は

動画は、友達への結果報告もかねてフェイスブックで知らせました。いろいろな意見を聞きたかったという思いもありますが、その時はまだ「自分が悪い」という思いも残っていました。けれども、私のしたことに対して、肯定的なコメントが多かったですね。もちろん否定的な意見もあり、削除せずそのまま残してあります。

――そもそもプラカードを持って行ったのはなぜですか

原発事故の収束もまだなのに、野田政権から原発を再稼働していることで「私たちの不安や辛い体験は一体何だったのか」と思ったからです。私と同じように、苦しい思いをしている人が福島にはいっぱいいると思います。

事故から4日後の3月15日、私の住む地域にも放射性物質が降り注いでいたのに、そのことは一切知らされず、私のママ友の娘さんはその日、高校受験の合格発表を見に行きました。その後、因果関係はわかりませんが、甲状腺がんが見つかり、今度手術を受けることになっています。自殺も相次いでいると聞きました。そういう現実があるのに、再稼働が進められようとしている。私は胸がかきむしられる思いです。

今回の事件、出来事を通じて、どんなことを思いましたか?

――脱原発や脱被ばくを求める声も、ともすれば「デマ」や「ヒステリーだ」などと言われかねない風潮を感じます。先日、官邸前で「100万人の母たち 七夕プロジェクト」が行われましたが、参加されたとか。今回の事件、出来事を通じて、どんなことを思いましたか

福島にはあまり声を挙げたがらない人が多い。でも、思ったことはどんどん言っていいはずで、それはきちんと表現すればいいはずなんです。けれども、私のように声を上げると「いつまでも被災者でいられない、それでは復興できないじゃないか」と反論を受けることも多く、そこにはジレンマを感じます。それでも、言うことからしか何も始まらないと私は思っています。「七夕プロジェクト」に参加したのもそのためで、同じ過ちを繰り返さないために「原発無くそうよ」と動き始めることが、私の希望です。

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