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【風立ちぬ】堀越二郎さんに敬意を込めて

宮崎駿監督の劇場アニメ「風たちぬ」のモデルとなった堀越二郎さん、ゼロ戦の設計者として有名ですが、その堀越さんが設計を手がけた飛行機をまとめました。

更新日: 2013年07月20日

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dharmacornさん

堀越二郎さんとは

群馬県藤岡市出身。藤岡中学校、第一高等学校、東京帝国大学工学部航空学科をそれぞれ首席で卒業し、三菱内燃機製造(現在の三菱重工業)に入社

三菱九六式艦上戦闘機の設計に於いて革新的な設計を行うが、むしろ零式艦上戦闘機の設計主任として有名

七試艦上戦闘機

兵器採用されることなく試作のみ。
ちなみに昭和”七”年に”試”作された”艦上”(航空母艦)での運用を目的とした戦闘機なので、七試艦上戦闘機

それまで主流だった複葉機(2枚の翼)から単葉機(一枚の翼)への移行期であり、競合他社が支柱で翼を支える設計なのに対して、堀越氏の設計は日本で初めて支柱がなく胴体でのみ翼と結合されていた。

九試単座戦闘機(後の九六式艦上戦闘機)

逆ガル翼という、翼がくの字に曲がった革新的な設計

三菱独自の技術である沈頭鋲という頭の平らなネジを使用し、空気抵抗を減らしている。

それまでは外国機のコピーの域を出なかった国産機が一躍世界水準を超えることになったエポックメーキングな機体

零式艦上戦闘機(ゼロ戦)

日本の軍用機は、採用年次の皇紀下2桁を名称に冠する規定になっていた。零戦の「零式」との名称は、制式採用された1940年(昭和15年)は皇紀2600年にあたり、その下2桁が「00」であるため

零戦は太平洋戦争初期、2200kmに達する長大な航続距離・20mm機関砲2門の重武装・優れた格闘性能を生かして米英の戦闘機に圧勝し、太平洋戦線の占領地域拡大に寄与

雷電

艦上ではなく陸上基地からの運用を前提とし、対爆撃機戦闘、迎撃戦闘が主任務となる戦闘機

烈風

開発の遅れから実戦に間に合わず、戦局に全く影響を与えられなかった

幻の烈風改

零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の後継機として計画されたが、製造されずに終戦を迎えた幻の戦闘機「烈風改」の設計図が、堀越二郎さんの遺品から見つかりました

YS-11(戦後初の国産旅客機)

第二次世界大戦後に初めて日本のメーカーが開発した旅客機。
戦後復興の象徴となりました。

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