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【第二次大戦】ナチスドイツのトンデモ超兵器は宇宙一ィ!

第二次世界大戦中のナチスドイツの科学技術力は圧倒的だった。想像を絶する兵器が開発されていたのだ。

更新日: 2013年07月24日

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junkworldさん

●大戦中、ナチス・ドイツの科学技術力は圧倒的だった。

当時、軍需大臣に昇進していたアルベルト・シュペーアは次のように書いている。

「1944年の段階では、ジェット戦闘機『Me262』だけが奇跡の兵器ではなかった。リモコンで飛ぶ爆弾、ジェット機よりも速いロケット弾、熱線により敵機に命中するロケット弾、ジグザグコースで逃げていく船の音を探知し追跡・命中させる魚雷を我々は持っていた。地対空ロケットの開発も終わっていた。リピッシュ博士は、無尾翼の原理によって設計された戦闘機を開発した。それは当時の飛行機製造の標準を遥かに超えたものであった。」

■ 超ド級巨大戦車ラントクロイツァー P.1500モンスター

1942年末、Uボート設計の特別顧問であった「クルップ社」の技師グローテが、主任のハッカーに設計図を製作するよう指示。この時に生まれたのが、口径80センチの巨砲(ドーラ砲)をそのまま搭載する「超巨大戦車」の図面であった。

本車両は250ミリ厚の前部装甲を持つ予定であり、駆動装置としてはUボート用ディーゼルエンジン(2200馬力)を4基搭載することになっていたという。

もちろんこの計画は構想で終わっている。

「陸軍兵器局」の基礎計算では、車体重量およそ1500トン、全長42m、全幅18m、全高14mと
示されたという。その大きさから砲を旋回させることは出来ず、「自走砲」として固定搭載を予定
していたという。搭乗員は100名以上を必要とし、鈍重かつ巨大な図体のため、道路または
鉄道による戦略的な輸送が難しいことなどから、この計画は構想で終わってしまった。

ここまで構想したのがすごいですね。

■ 全翼機ホルテン H IX Ho229

もともとドイツ空軍の将校であったホルテン兄弟が、軍務の傍ら開発を行った機体がホルテンHo229で、航空機がスピードを出すために最も適した形状がこの無尾翼形式であったのである。つまり、最も空気抵抗の少ない形状は機体の全てが揚力を発生する翼としてしまえばよいという理論である。

第二次世界大戦後期に試験飛行まで行われた戦闘爆撃機の模型です。この度、ナショナルジオグラフィックが実証研究を行った結果、ステルス機だということが分かりました。

全翼機オタク(笑)・ホルテン兄弟が開発した9番目の機体で、ゴータ社との共同開発を経て最後はゴータ社が量産する予定だったが、わずか2機の試作機が完成(試作3~6号機も製造or計画中)した時点で終戦を迎えた。

戦後、完成間近だった試作3号機を米軍が接収し、後のB-2ステルス戦略爆撃機の原型になったという話は有名

第二次大戦次にこんなものを飛ばしていたドイツおそるべし・・・

■ 円盤機?ARTHUR SACK A.S.6

Wingspan: 500 cm
Length: 640 cm
Height: 256 cm
Wing area: 19.62 m2
T/O weight: 900 kg
Wingload: 45.87 kg/m2

1939年6月、国家動力飛行機コンテストがライプチヒで催された。

農民で飛行機マニアのアーサー・サックは、AS-1モデルという奇妙な機体を持ち込んだ。
酷いモノで エンジン始動は手動だったし、しかも飛ばなかった。

飛ばない飛行機ってwww

しかし何故か アーンスト・ウデット空軍大臣は、研究を続けることをアーサー・サックに奨励してくれた。

本当に何故なんでしょうwww

■ デルタ翼機 Li P.13A Delta-wing Ramjet Intercepter

Length : 6.70m
Wing Span : 6.00m
Hight : 3.25m
Engine : Ramjet X 1
All-Up Weight : 2,300Kg
Max Speed : 1,600Km/h

三角形だけで構成された奇妙な飛行機なんだが、後のコンベアXF-92とか、ダグラスF4Dスカイレイとかの元になった飛行機なんだよな(スカイレイはずっと普通の形になっちゃってる)。たぶん、この形では満足にとばなかったと思われるんだけど・・・でも、衝撃的なフォルムでしょ!!

やたらとインパクトはありますね。

アレキサンダー・リピッシュ博士が開発していた「空飛ぶ三角形」の飛行機

コクピットは分厚い垂直尾翼の先端に設けられている。この機体は、戦後、アメリカの「デルタ翼機」の開発に大きな影響を与えた。

P13a の前段階で 試作としてDM-1を製作中に終戦。 進駐してきた米軍によってDM-1の製作を続行させられ、完成したDM-1は米国へと運ばれました。

DM-1はラングレーの風洞で空力特性試験を実施、その結果DM-1の形状、つまり、P13aと同じ形では飛ばないことが判明。 失速性能を高めるために翼縁にブレードを付けるなどしました。

その後さまざまな実験、改造、改良を重ねた結果、DM-1は下の写真のような、元の機体形状を殆んど留めないものとなってしまいました。 しかし、このかたち、その後のデルタ翼機の先駆けになっていますね。

先駆けまくりですねしかし!

■ 80cm列車砲 グスタフ/ドーラ

80cm列車砲(80センチれっしゃほう)は、第二次世界大戦でドイツ陸軍が実用化した世界最大の巨大列車砲である。クルップ社製で、総重量約1350トン(1500トンの説もあり)、全長42.9m、全高11.6m。二両のみ製造され、一両目がクルップ社会長グスタフ・クルップの名前からグスタフ (シュベーレ・グスタフ、Schwerer Gustav)、二両目が設計主任エーリヒ・ミューラーの妻の名前から取られたドーラ (Dora) の名を持つ。

恐ろしい妻ですね。

この怪物のような列車砲は、1942年6月、クリミア半島のセバストポリ要塞攻撃に用いられ、直径80センチの巨弾は、地下30mに設けられていた弾火薬庫まで貫徹して大爆発を起こし、ソ連軍を降伏させた。

■ 幻に終わった宇宙爆撃往還機ゼンガー2

ナチス・ドイツはロケット開発と並行して「ゼンガー計画」を進めていた。
これはロケット推進による「宇宙爆撃機」の開発計画で、オーストリア生まれのロケット工学者オイゲン・ゼンガー博士が考案したものである。

終戦後にアメリカはゼンガー計画を元に「ダイナソア計画」を開始し、それがスペースシャトルの元になったという。

ゼンガーは直線翼機である。離陸は全長3kmのモノレールの上を、ロケットにより加速され行われる。離陸速度はマッハ1.5に達する。ゼンガーは有人爆撃機として構想されたため、発射時のGの問題が考えられるが、これに関する記録はない。

離陸後、ゼンガーは空気力を利用し大気圏外まで上昇する。(予定推力は100tである)。高度160kmに達したところでロケットモーターを停止し、大気圏に再突入後再度空気力を利用し上昇する。このような、いわば小石が水面をはねる水きりのような飛行によって、大気の上を連続的にジャンプしながら、発射地点から見て地球の裏側にあたる地域(アメリカ)にまで達する。飛行の際問題になると思われる空力加熱に関する記録もない。

目標到達後、300kgの爆弾(神経ガス弾/原子爆弾→放射性元素そのものを撒くという汚い爆弾という説もある)を目標に投下する。任務完了後は、日本が占領している南太平洋の島々のどれかに着陸する(日本がそこを占領していることが前提である)というプランだった。

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