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歴史好きなら必ず行っておきたい「戦国武将」を神と祀った神社のまとめ

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康など、戦国の世を生き、神として祀られた戦国武将、大名を神社名とともにまとめました。

更新日: 2013年08月05日

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この記事は私がまとめました

乱世を彩った名将、大大名たちは、神として崇められている。

そんな戦国武将を祀った神社をまとめます。

まずは戦国の三英傑 織田信長/ 豊臣秀吉/ 徳川家康

三英傑(さんえいけつ)は、戦国時代において、
天下を統一へ導いた愛知県出身の3人の戦国武将、
戦国大名を顕彰した呼称。

◇織田信長 ⇒ 建勲神社

織田 信長(おだ のぶなが)は、
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・戦国大名。
三英傑の一人。尾張国(現在の愛知県)の
古渡城主・織田信秀の嫡男。室町幕府を滅ぼし、
畿内を中心に強力な中央政権(織田政権)を確立。
戦国時代の終結に最大の影響を与えた人物の一人である。

建勲神社(たけいさおじんじゃ)は、京都市北区の船岡山の中腹にある神社である。織田信長を主祭神とし、子の織田信忠を配祀する。旧社格は別格官幣社。正しくは「たけいさおじんじゃ」と読むが、一般には「けんくんじんじゃ」と呼ばれ、「建勲(けんくん)さん」と通称される。旧称健織田社(たけしおりたのやしろ)、建勲社(たけいさおしゃ)。

◇豊臣秀吉 ⇒ 豊国神社

豐臣 秀吉(とよとみ ひでよし[3])/ 羽柴 秀吉(はしば ひでよし)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・天下人・関白・太閤。三英傑の一人。墨俣の一夜城、金ヶ崎の退き口、高松城の水攻め、中国大返し、石垣山一夜城など機知に富んだ逸話が伝わり、百姓から天下人へと至った生涯は「戦国一の出世頭」と評される。

豊国神社(とよくにじんじゃ)は、京都市東山区に鎮座する神社。神号「豊国大明神」を下賜された豊臣秀吉を祀る。豊臣家滅亡とともに徳川家の命により廃絶となったが、のちに明治天皇の指示により再興された。
主祭神が大名として統治した地である大阪市の大阪城公園(中央区)や滋賀県長浜市、石川県金沢市のほか、出身地の名古屋市中村区にも豊臣秀吉を祀る同名の神社がある

◇徳川家康 ⇒ 日光東照宮

徳川 家康(とくがわ いえやす) / 松平 元康(まつだいら もとやす)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・戦国大名[1]。江戸幕府の初代征夷大将軍[1]。三英傑の一人。

日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)は、日本の関東地方北部、栃木県日光市に所在する神社。江戸幕府初代将軍・徳川家康を神格化した東照大権現(とうしょうだいごんげん)を祀る。日本全国の東照宮の総本社的存在である

その他の戦国武将はアイウエオ順で・・・

◇明智光秀 ⇒ 御霊神社

明智 光秀(あけち みつひで)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。戦国大名・織田信長の重臣の一人で、日本史の謎の一つとされる本能寺の変を起こした事で有名である。善政を行ったとされ、領国の各地で祀られる。忌日に祭事を伝える地域(光秀公正辰祭・御霊神社 (福知山市))もある。

御霊神社(ごりょうじんじゃ)は、京都府福知山市の中心部にある神社。
創祀は1705年(宝永2年)。もともと宇賀御霊大神を祀る神社であったが、福知山城主・朽木氏が明智光秀の合祀を許し、社号もこれに由来する。当地を「福智山」と命名し、福知山城を近世の城に改修し、善政をしいた明智光秀にまつわる数多くの史料を有する。明智光秀関係文書3点(光秀書状2点、明智光秀家中軍法1巻)が福知山市指定文化財となっている[1]。

◇浅野長政 浅野幸長⇒ 饒津神社

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