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【60s〜80s】あなたは知ってる?京都が生んだバンドたち

京都で結成されたバンドをご紹介します。

更新日: 2013年08月05日

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裸のラリーズ(1967年)

1967年11月に水谷孝(ボーカル、ギター)、中村武(ギター)、若林盛亮(ベース)、加藤タカシ(ドラム)により結成。若林盛亮はその後、よど号ハイジャック事件の実行犯の一人となって北朝鮮へ渡ることとなる。

サイケデリック・ミュージックの伝説的バンド。ボーカル水谷孝の轟音フィードバック・ギターをバックにけだるい歌が響く。

当時、水谷孝は同志社大学文学部社会学科1回生で、軽音学部に所属。

村八分(1969年)

通称チャー坊こと柴田和志(ボーカル)、山口冨士夫(ギター、元ザ・ダイナマイツ)、浅田哲(ギター)、青木真一(ベース)、恒田義見(ドラム)によって結成。

1969年、アメリカ放浪から帰国した柴田和志と、ザ・ダイナマイツを解散したばかりだった山口冨士夫を中心に京都で結成。柴田による京都弁そのままの扇動的MCなど強力なインパクトで、関西を中心に人気を得ていく。

日本的な風情をもった攻撃的な楽曲を展開。ドラムスがズレようとおかまいなしに突き進み、時には客とケンカし、音源の発表よりもライブにこだわりつづけた。

ストーンズ風のロックンロールで評判を呼ぶが、唯一のアルバム『ライヴ』を残して73年に解散。

ギタリストのCharがセックス・ピストルズを聴いて「これ村八分と一緒じゃん」と発言したのは有名な話である(ちなみにピストルズは1976年デビュー)。

当時の日本の流行歌は「ブルーライト・ヨコハマ」「長崎は今日も雨だった」といった歌謡曲の時代です。

だててんりゅう(1971年)

オルガン奏者の隣雅夫が中心となって結成。初期メンバーは隣雅夫に加え楢崎ヒロシ(ベース・ボーカル)、山下圭(ギター)、上田省吾(ドラム)。

京都産業大学軽音楽部にて、隣雅夫(オルガン)、楢崎裕史(ヴォーカル、ベース)、上田省吾(ドラム)、山下圭(ギター)にて、だててんりゅう結成。

京都円山音楽堂にてサウンドクリエーター主催の『モップスコンサート』のオープニングアクトをつとめる。

結成からわずか二ヶ月後のことです。

1971年の段階でオルガンでロックするってのは、日本において恐るべし画期的で独創的な事だろうか。あのEL&Pのデビューも1971年だ、同時期に日本にも同レベルのプログレッシブ・ロックなバンドがいた事に驚くばかりだ。

1983年に活動を休止するも、1996年に活動を再開し、現在に至る。

ウエスト・ロード・ブルース・バンド(1972年)

当時、同志社大学の学生で軽音サークル「ライラック・レインボーズ」に所属していた永井“ホトケ”隆(ボーカル)と小堀正(ベース)らが前身となるバンドを結成。後に、塩次伸二(ギター)、山岸潤史(ギター)、松本照夫(ドラム)を迎え「ウエストロード・ブルーズバンド」が結成。

9月のB.B.King大阪公演のオープニング・アクトの際にB.B.本人からアンコールでのセッションを依頼され共演。

なんと結成したその年の出来事です。

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