1. まとめトップ

この記事は私がまとめました

カズとイチロー

日本を代表する2大スポーツの顔であるこの2人

知らない人はいないと言っても過言ではないほどの存在の2人ですが この2人が対談していたことを知っている人は少ないかもしれません

2人の対談は スポーツ雑誌Numberの400号記念号に掲載されました

「Sports Graphic Number」(スポーツ グラフィック ナンバー)は文藝春秋が発行している総合スポーツ雑誌

創刊号には スポーツノンフィクションの傑作 山際淳司氏の「江夏の21球」が掲載

Numberは 当初「Sports Graphic Number 1」という名前でした

「1」の部分は号数と共に変化させていく予定でしたが 毎号変化する誌名が認められないとのことで Numberに落ち着きました

創刊以来10年は 赤字続きだったそうです

しかし 美しい写真と共に 試合や選手の内面に深く迫る内容のノンフィクションが評価され 現在では日本を代表するスポーツ雑誌になりました

カズとイチローが対談したのは 創刊400号を記念したスペシャル対談の企画でのことです

発売日は 1996年8月29日でした

では その1996年はどんな年だったのでしょう

1996年7月19日から8月4日まで アメリカのアトランタでオリンピックが開催された

2月14日 羽生善治が 史上初 将棋のタイトル七冠独占を達成
5月31日 森且行 SMAPを脱退
6月23日 任天堂が「NINTENDO64」を発売開始
9月17日 ドジャースの野茂英雄が 日本人初の大リーグでのノーヒットノーランを達成
11月24日 西武からFA宣言した清原和博の巨人入りが決定

上記のように様々なことがあった1996年ですが スポーツに限っていえば 最大の出来事はアトランタ五輪の開催

サッカーは 28年ぶりに五輪出場を果たし 2勝を挙げましたが 得失点差で予選敗退

野球は決勝でキューバに敗れたものの 銀メダルを獲得しました

「カズとイチロー」

1967年2月26日生まれ 静岡県出身

愛称は「カズ」

1982年 15歳で単身ブラジルに渡り プロサッカー選手になる

名門サントスなどでプレー後 日本をワールドカップに出場させるために1990年に帰国

1993年に開幕したJリーグでは 所属したヴェルディ川崎を初代チャンピオンに導き Jリーグ初代MVPを受賞

1994年には アジア人として初めてイタリア・セリエAに移籍

日本代表としても輝かしい成績を残している

1992年アジアカップのイラン戦で 後半終了間際に決勝ゴールを決め 「魂込めました 足に」という名言を残す

現在も現役でプレーを続ける生きる伝説

1994年 日本プロ野球史上初 130試合制としては史上唯一となるシーズン200本安打を達成

1973年10月22日生まれ 愛知県出身

1991年のドラフト4位でオリックスに入団

3年目の1994年から 登録名を「イチロー」に変更

この年から1軍に定着し シーズン200安打という記録を達成(最終的には210安打)

2001年にシアトルマリナーズに移籍し アメリカ・メジャーリーグでプレー

2004年には 84年間破られることのなかったジョージ・シスラーのメジャー歴代シーズン最多安打記録の257安打を更新し 262安打を記録した

現在は名門ヤンキースに移籍し いまだ到達していないワールドチャンピオンを目指している

「対談内容」

オリックス所沢遠征先のホテルの一室。先に到着したカズがイチローを待つ。午後9時半 選手会の壮行会を終えて キャップをかぶったイチローが姿を現した。「遅れてすいません」 イチローが頭を下げる。「カズです」 差し出された右手をイチローが握り返した。「いつも見てるよ」とカズが笑いかけると 緊張気味だったイチローの肩の力がスッと抜けた。

この対談には スポーツライターの永谷脩氏が司会者として参加

上記文章は その永谷氏によるものです

対談は 永谷氏がイチローに年齢を尋ねるところから始まります

このときイチローは プロ入り5年目の23歳

カズは29歳でした

▽ カズ
「23歳というと 僕はちょうどブラジルから帰ってきた年ですね。1990年でした」
▽ イチロー
「戻ってこられたのは1990年だったんですか。90年!高校生でした。高校2年生」
▽ カズ
「夏でしたよ 帰ってきたのは」
▽ イチロー
「僕は甲子園に出ていました。1回戦で負けちゃって」

【補足情報】

日本に帰国し カズはJリーグ発足前の読売サッカークラブに入団

イチローは 愛工大名電高校時代の2年時に夏の甲子園 3年時に春の甲子園に出場するも いずれも初戦敗退

ただ イチローの打撃センスは当時からずば抜けたものがあり 高校3年生の地方大会での打率が7割以上を記録し 3年間の高校通算成績は打率.501でした

▽ イチロー
「僕は カズさんがブラジルで8年ぐらい単身で頑張ってるという話を聞いていました。ブラジルでプロになるという目標を持って。あっちに行かれたのは15歳のときでしたっけ」
▽ カズ
「そうですね」
▽ イチロー
「15歳でそれだけのことはなかなできない。すごい勇気のある人だなとずっと思っていたので 一度 会ってみたかったんです。僕の場合も 15歳の時にはプロを目指してはいましたけど 日本にはすでにプロ野球というのが存在していたわけですから」

ここでカズは「15歳だから行けたというのもあった。怖さも迷いもなかった」と語ります

ただ「最初の2、3年はそりゃ大変でした」とも

そこでイチローは イタリアへの移籍時はどうだったかと質問

カズは 「あの時も迷いはなかった。自分の立場も自分のやってきたことも 15歳の時と27歳の時では違うしね。考え方も経験も全て」と答え さらに次のように話します

▽ カズ
「"どうなるだろうか"という不安は 新しいことをするときには必ずついてまわるものだけど 怖さよりも "やってみたい"という気持ちの方が強かったですからね」

そしてカズはイチローに 「行きたいでしょ メジャーって」と質問

するとイチローは 「いつも思うのは 2人イチローがいたら 1人は行かせたいなって。でも まだこっちでやらなければいけないことがたくさんあって」と答えます

これに対しカズは 「自分を高めて 常に世界レベルというのを見つめて 自分はそのレベルなんだと思えば それはメジャーなんじゃないかな」と 国内でも海外でも関係ないと話します

ここで永谷氏がイチローに 「日本でやらなければならないこととはなんなのか?」と質問

▽ イチロー
「ヤクルトの野村監督が"パ・リーグの野球はチマチマ野球だ"と言ってましたけれど そこなんですよね。パ・リーグだけがそうなのかはよくわからないけれど 力のない者の 力のある者に対しての攻撃が 最初から引っこんでしまっている。強いものがドカンと座っている状況なんです。攻撃していって 自分の力がわかってそうなるのではなくて 最初からもう逃げているんです。そういうスタイルを変えていかなければ レベルは上がらないんじゃないかと思っています。簡単にいえば 2-1 2-2からでも相手はボール球を振らせて打ち取ろうとする。そういうのは 見ている側としてもつまらない。だから僕はボール球を打ちに行って "違うんだ"というのを見せたい気持ちはあります」

永谷氏「要するに 力の勝負ではなくて ボール球を投げて かわすことでごまかす野球はイヤなんだ」

▽ イチロー
「その場 その場限りの勝負ばかりにこだわっているんですよ。最近 データ野球って言われますよね。あれっていうのもどうかなと思うんです。データで片付けられることもありますけど やっぱり人間がやることですから それ以上のものが絶対にあるはずなんです。そういう点では 昨年の日本シリーズというのは ウチが勝たなければいけない試合だった。それが負けてしまったから ちょっとややこしくなってしまった」

【補足情報】

対談の前年の1995年に 仰木彬監督率いるオリックスは 野村克也監督率いるヤクルトと日本シリーズで激突

「野村ID野球と仰木マジック」の対決と言われ シリーズ開幕前から 両監督はマスコミや監督会議を通して舌戦を展開

野村監督に「たいしたことない」などと挑発されたイチローも ヤクルトの捕手古田のリードで封じ込められ 4勝1敗でヤクルトが勝利しました

▽ カズ
「よくわかるよ。勝たなければいけないチーム いいサッカーをしているチームが負けてしまって ガチガチの 相手のいいところをばかり潰しにかかるチームが勝ってしまうと綺麗なサッカーにならないし いいゲームにならない。そっちが勝ってしまうと "楽しむサッカー"という原点みたいなものがなくなっちゃいますよね。タイトルがかかればかかるほどつまらない試合が多くなったのも そういうのが原因じゃないかな」
▽ イチロー
「それはもう よくわかります」

ここで永谷氏が「その中で プロというのは見せなければならないわけでしょ」とファンへのアピールという部分について2人に問います

「カズ選手はカズダンス イチロー選手は背面キャッチとか」と 2人が始めたファンへの新しいアピールの仕方を例に出します

これに対し2人は「プロとは何か」ということを話します

▽ イチロー
「それもプレーがあってできることであって やっぱり第一は チームの勝利と自分のプレーが一番上にあるわけです。何がプロかといえば とりあえずは見ている人を黙らせるというか 虜にさせて溜め息をつかす そういうのが理想的ですよね。息を呑ますというヤツですね。やってる相手に対しては バット・ボール・グラブで圧力をかけて黙らせる そういった感じじゃないですか」

▽ カズ
「やっぱり 勝利があって お客さんを楽しませられて 帰る時にお金を払って見に来て良かったと思わせられるようなプレーをして それで観客と僕らやってる選手が一体感を持てた時には "プロとしてやってるな"という充実感を自分自身の中で感じますね。努力するとか 自己管理するとか そういうのはもう当たり前。その当たり前のことをプロらしいとかプロじゃないとか言うことは間違っている」

さらにカズは 自分がゴールを入れた場面のビデオで お客さんが立つ瞬間を何度も巻き戻して見ていると話します

「お客さんは小さくしか見えないけど みんながダーッと立った瞬間とか 日の丸をパッと上げた瞬間とか。ヴェルディだったらヴェルディの旗を上げた瞬間を見て "一体感あったな"って」

これに対しイチローは 「ホームグラウンドの応援も気持ちいいけど ビジターの球場で黙らすことができたら もっと気持ちいいですよね」と応じます

1 2 3