1. まとめトップ

青春時代が蘇る!年代別 人気女性アイドルまとめ

1960年代~1990年代の人気アイドルをまとめました。青春時代が蘇ってきます。

更新日: 2013年08月23日

5 お気に入り 77023 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

koniku0811さん

1960年代

美空ひばりや吉永小百合ら「スター」の時代であり、その美空に江利チエミ、雪村いづみを加えた「三人娘」、或いは、中尾ミエ、伊東ゆかり、園まりから成る「スパーク3人娘」らが人気を博した。

1937年5月29日神奈川県生まれ。終戦間もない1945年、8歳のときに初舞台を踏む。1950年に『東京キッド』に出演し映画とともに主題歌も大ヒットとなった。1955年には江利チエミ、雪村いづみとともに東宝映画『ジャンケン娘』に出演したことを契機に、「三人娘」として人気を博した。その後も国民的な歌手として活躍し、女性として初の国民栄誉賞を受賞した。

1937年1月11日東京都生まれ。進駐軍のキャンプまわりの仕事をこなしていくうちにアイドルとなり、1952年15歳でレコードデビューを果たす。初主演映画の『猛獣使いの少女』で「美空ひばり以来の天才少女」と呼ばれるようになる。テネシーワルツが大ヒットし「ジャズ」を全国区にし、日本における「カバー歌手」のメジャー化のさきがけを果たした。映画の『サザエさん』シリーズもヒットし生涯の当たり役となる。

出典ameblo.jp

1937年3月20日東京都生まれ。家計を助けるために中学卒業後まもなくして歌手を志し、日劇ミュージックホールで初舞台を踏みプロ歌手としてデビューした。デビュー曲、『想い出のワルツ』が20万枚の大ヒットを記録した。同年代の人気少女歌手江利チエミ・美空ひばりと共に「三人娘」と並び称されるようになった。人気喜劇映画シリーズで主演を務めたり、ファッションモデルとしても多くの雑誌の表紙やグラビアを飾った。

1945年3月13日東京都生まれ。小学校6年生の時にラジオドラマでデビュー。高校在学中、『キューポラのある街』に出演しブルーリボン賞主演女優賞を受賞。『寒い朝』でレコードデビューし20万枚のヒット。橋幸夫とのデュエットで30万枚の大ヒットとなった『いつでも夢を』で「第4回日本レコード大賞」受賞。この頃から女優として活躍し熱狂的なファンは「サユリスト」と呼ばれる。

1946年6月6日福岡県生まれ。1961年に園まり・伊東ゆかりらとスパーク3人娘を結成。ザ・ピーナッツの後継として期待され、クレージーキャッツ主演の『シャボン玉ホリデー』などに出演し一時代を築いた。確かな歌唱力で、人気を博し、16歳の時にリリースした『可愛いベイビー』は100万枚を超える大ヒットとなった。

1954年10才で安西愛子に師事しコーラスグループ”杉の子子ども会”を経て、キング児童合唱団へ入団。1956年、本名の薗部毬子名義で、キングレコードから「つゆの玉ころり」で童謡歌手としてデビュー。
元々はクラシックの歌手を目指していたが、1960年11月NET「あなたをスターに」で優勝。1961年4月渡辺プロダクションに入社。1962年5月「鍛冶屋のルンバ」でレコードデビュー。7月フジテレビ「 レッツゴー三人娘」で中尾ミエ、伊東ゆかりと『スパーク3人娘』を結成。

1946年6月6日福岡県生まれ。幼少期から進駐軍キャンプで唄い始め、11歳のとき『クワイ河マーチ』でデビュー。ポップスを得意とした中尾ミエ、園まりと三人で『スパーク3人娘』を結成。1967年にリリースした「小指の想い出」は爆発的なヒットをし、「第9回日本レコード大賞」歌唱賞を受賞。その後も「恋のしずく」「朝のくちづけ」「知らなかったの」と立て続けにヒット曲を飛ばした。

1965年に東芝から「あなたがいなくても / 私を愛して」でデビュー。和製シルヴィ・ヴァルタンとして売り出され、蠱惑的な魅力と甘えたような歌い方でたちまち人気を集める。黛ジュン・小川知子とともに東芝3人娘の一角を占め、「ごめんネ・・・ジロー」(1965年)「北国の青い空」(1967年)などがヒット。さらに1969年 - 1970年に発表した「恋の奴隷」(100万枚突破)「恋狂い」「恋泥棒」のいわゆる「恋3部作」の爆発的大ヒットにより、人気歌手としての地位を確立した。

バレエを習いながら小学校5年のとき東宝児童劇団に入り1960年、日本テレビドラマ『ママちょっと来て』でデビュー。
子役としてドラマの出演の他、精華学園女子中学校在学中から日本テレビのバラエティ番組『九ちゃん!』の司会などで活躍。
1965年16歳で東映にスカウトされ入社。同期に大原麗子らがいる。『悪魔のようなすてきな奴』で映画デビュー。『大奥㊙物語』(新人賞受賞)、『続・大奥㊙物語』の主演など3年間に10数本の映画に出演。
1966年久保浩と一緒に歌ったリズム歌謡「恋旅行」を初シングルとしてビクターから発売する。

1970年代

1972年の沖縄返還により、冬季においても屋外での水着グラビア撮影を国内で行うことが可能になった。パフォーマンス、フリルやレースで飾られた白色系のステージドレスなどのアイドル像が創り出された。

1954年7月2日沖縄県生まれ。デビュー曲「17才」が約54万枚の大ヒットとなった。
1971年第13回日本レコード大賞で新人賞を受賞。
同時期にデビューした小柳ルミ子・天地真理らと共に "三人娘" と呼ばれ当時のアイドルの代表格であり、元祖アイドルと称される事もある。

1952年7月2日福岡県生まれ。宝塚音楽学校を首席で卒業。
1970年NHK連続テレビ小説『虹』で女優としてデビューし1971年に『わたしの城下町』で歌手デビュー。1971年のオリコン年間シングル売上チャートで第1位を記録し、第13回日本レコード大賞最優秀新人賞も受賞した。その後も大ヒットを飛ばし、天地真理・南沙織らとともに『三人娘』と呼ばれ、1970年代前半を代表するアイドルとなった。

1951年11月5日埼玉県生まれ。TBS系人気番組『時間ですよ』で一躍人気に。
1971年10月1日にアイドル歌手として「水色の恋」でデビューし大ヒット。その後もヒット曲を連発し。オリコンシングルチャートでは5曲が1位をとった。
1972年から1975年にかけて、テレビで冠番組の『真理ちゃんシリーズ』で当時の低年齢層視聴者の人気を独り占めにした。

1955年10月11日大分県生まれ。1972年、「芽ばえ」で歌手デビュー。
第14回日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。
1973年、『わたしの彼は左きき』が大ヒットし第15回日本レコード大賞で大衆賞を受賞。
彼女の影響で女性の間で姫カットが爆発的なブームになった。

1959年1月17日東京都生まれ。1972年オーディション番組『スター誕生!』で準優勝。
1973年4月、映画『としごろ』に出演し、5月21日に同名の曲で歌手としてもデビュー。森昌子・桜田淳子と共に「花の中三トリオ」と呼ばれた。
ドラマでは『テレビドラマ赤いシリーズ』、歌では『横須賀ストーリー』『 いい日旅立ち』など多数のヒット作品を生み出し名実ともにトップアイドルとなった。

1956年2月15日東京都生まれ。1973年『時間ですよ』のお手伝い役でデビュー。
劇中歌でデビュー曲の「赤い風船」は、50万枚近くを売り上げる大ヒットとなり、1973年の第15回日本レコード大賞で新人賞を受賞する。
その後も『寺内貫太郎一家』や『時間ですよ・昭和元年』などの人気ドラマに出演すると共に、映画出演や歌もヒットし国民的アイドルとなった。

1958年4月14日秋田県生まれ。1973年に歌手デビュー。
同じ『スター誕生!』出身で、同世代の森昌子・山口百恵と共に花の中三トリオ(当時)と呼ばれるようになり、トリオとしての名称は3年後の「高三トリオ」まで続いた。
3枚目のシングル「わたしの青い鳥」のヒットで、第15回日本レコード大賞新人賞受賞した。
1975年には、オリコン・シングルレコード年間売上げ、ブロマイド売上げ、月刊明星の年間人気投票において、いずれも女性歌手部門の1位を獲得した。

1958年10月13日栃木県生まれ。 13歳で『スター誕生!』に出場し初代グランドチャンピオンとなる。1972年7月1日、『せんせい』で歌手デビュー。
翌年デビューした同学年の山口百恵、桜田淳子とともに「花の中三トリオ」と呼ばれた。
23歳にして初の紅白・紅組トリを務め、1983年『越冬つばめ』で第25回日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞するなど実力派歌手として人気を博した。

1951年11月28日三重県生まれ。1973年5月25日『コーヒーショップで』で歌手デビュー。
1973年9月25日の『みずいろの手紙』も大ヒットし第15回日本レコード大賞新人賞を受賞。
映画『トラック野郎 爆走一番星』、テレビドラマ『真夜中のあいさつ』や『青春ド真中!』でのマドンナ役を演じるなど女優としても活躍した。

1955年1月20日東京都生まれ。1974年11月1日に「雨だれ/白い季節」でデビュー。
1975年『木綿のハンカチーフ』が大ヒット、NHK紅白歌合戦には1976年から1980年まで、5年連続で出場した。 幼少のころからピアノを習っていたこともあり、デビュー初期はフォーク調で、ピアノ弾き語りの曲が多かった。

1958年11月12日東京都生まれ。1975年4月25日『二重唱 (デュエット)』でデビュー。
2枚目のシングル『ロマンス』が90万枚近い大ヒットとなり新人賞を多数受賞する。
1976年3月3枚目のシングル「センチメンタル」が第48回センバツ高校野球大会の入場行進曲に選ばれた。その後も『思秋期』『聖母たちのララバイ』などが大ヒットした。

1959年5月8日神奈川県生まれ。高校2年の時に「第1回ホリプロタレントスカウトキャラバン」で優勝し1977年に歌手デビュー。
数多くのドラマやCMで人気を獲得しプロマイド月間売上1位獲得を17回も記録した。歌手としては7枚目のシングル『夏のお嬢さん』が大ヒットした。

1961年1月31日兵庫県生まれ。『スター誕生!』で合格し1978年に歌手デビュー。
音楽番組の他ドラマやバラエティ番組やCMにも出演しラジオ番組のパーソナリティも務めるほど多彩に活躍した。
20歳になった1981年に長渕剛との結婚が決りわずか3年半でアイドル歌手を引退した。

メンバーは『ラン』(伊藤蘭)、『スー』(田中好子)、『ミキ』(藤村美樹)の3人。

3人ともスクールメイツ出身で、1972年当時NHKの「歌謡グランドショー」のマスコットガールをしていた際、番組のプロデューサーから『食べてしまいたいほど可愛らしい女の子たち』という意味合いから命名されたという。
デビュー当初はスーをセンターに配置しハーモニーを優先させた楽曲を歌っていたが、ターゲット年齢を下げ、メロディーを優先させた5曲目のシングル「年下の男の子」でランをセンターに配置。以後ヒット曲が続くことになる。

1972年、代表曲の一つである「ひなげしの花」で、日本での歌手デビューを果たす。高く澄んだ歌声と愛くるしいルックス、たどたどしいが一生懸命日本語で歌う姿が受けて、一躍人気アイドルとなった。日本ではその後も「草原の輝き」、「小さな恋の物語」、香港における「The Circle Game」などヒット曲は多く、台湾やアメリカ合衆国などでも音楽活動を行っている。

1980年代

1980年に松田聖子が大ブレイクを果たし、1982年には中森明菜や小泉今日子がデビューし、女性アイドルの黄金時代となった。彼女たちのような正統派から、邪道とされたおニャン子クラブまで様々なタイプが現れ、1980年代の後半には、工藤静香、中山美穂、南野陽子、浅香唯の4人が「アイドル四天王」と呼ばれた。

1 2 3