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【スタッフで見る】月曜JUNK 伊集院光深夜の馬鹿力の歴代スタッフ【深夜の馬鹿力の歴史】

TBSラジオをキーステーションに全国5局ネットで月曜深夜1時~3時まで放送されている人気ラジオ番組「深夜の馬鹿力」の歴代スタッフの情報をまとめました。頭の中にある曖昧な記憶を基に書いたものもありますので間違えなどもあるかもしれませんがご容赦下さい。

更新日: 2013年10月27日

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この記事は私がまとめました

sandayouさん

2013年8月現在のスタッフ

プロデューサー 宮嵜守史(みやざき もりふみ) 現在 JUNK全体のプロデューサー

前プロデューサーの池田氏が昼の番組「たまむすび」のプロデューサーになったため、池田氏から引き継ぐ形でJUNK全体のプロデューサーとなる。

構成作家 渡辺雅史 (わたな べまさし)

この番組を語るには欠かせない人物の一人。番組の「笑い声」は彼の声である。

一時期は平成ハレンチ学園 校長の肩書きを持っていたが、現在は校長の座を退いている。

元々は伊集院がニッポン放送で担当していた番組『伊集院光のOh!デカナイト』のハガキ職人で、頻繁に出待ちを行っており番組が終わったあとはニッポン放送のある有楽町から実家の入間まで5時間かけて帰っていたというツワモノ、その後伊集院と親しくなり、この番組開始当初からの構成スタッフとして参加する、構成スタッフは喋っていけないという独自のポリシーを持っており、放送中の指示はメモを書いたり、伊集院を蹴ったりなどして行っているが、事前に録音したテープ素材などには積極的に参加しており、過去の放送でその声を聞くことが出来る。

また馬鹿が付くほどの電車マニアであり、うっかり口を滑らせてまだ乗ってない電車や、路線などを伊集院に乗られてしまうこともしばしば。

2008年10月28日の放送で伊集院より渡辺が守り抜いてきた大人の階段をのぼったと発表され、FAXなどで「裏切り者」などと書かれた温かいお祝いメッセージが届いた。

ディレクター 池田卓生(いけだ たかお) 同番組の前プロデューサー

この番組を語るには欠かせない人物の一人である。

番組開始当初はテレコム・サウンズの社員としてミキサーやAD・ディレクターとして番組に携わっていたが、1999年2月1日放送分で一旦番組及びテレコム・サウンズを辞め、ラジオ留学というかたちでニューヨークに行くことになる。その後"ボトルアタッカー"などを経て帰国。

その後TBSラジオに中途採用され2002年3月4日より再び番組のスタッフとして参加することになる。
ディレクターの座を柳沢氏から引き継いで以来長きにわたり同番組のプロデューサー兼ディレクターを務めてきた、現在は「たまむすび」のプロデューサーを務めているため、JUNK全体のプロデューサーでは無くなったが、引き続きこの番組にディレクターとして携わっている。
最近前妻のパソコンに入っていたウイルスバスターの更新をするかどうか迷っているとのこと。

ミキサー 岡部勉(おかべ つとむ) テレコム・サウンズ社員

番組の4代目ミキサー 恐らくこの番組のスタッフでは一番の真人間であると思われる。
2000年12月18日の放送で行われた企画「裸じめてのおつかい」で伊集院がブリーフ一丁でテレコム・サウンズにお歳暮を届けに行った際に伊集院と一切関わろうとしなかったというエピソードがある。

AD 金子(かねこ)※伊集院があまりいじらないため下の名前は不明

中山の後任として番組に着任した。あまりいじられていない。

AD 佐藤(さとう) ※下の名前不明

2013年6月24日の放送で椎間板ヘルニアを患っていると発表された。

ここから過去のスタッフ

初代プロデューサー・兼ディレクター 永田守(ながた まもる)

この番組を語るには欠かせない人物の一人

祖父は「永田ラッパ」の愛称で知られた永田雅一、作家の安部譲二は永田雅一氏の家に足を向けて寝られないと語った、この番組のスペシャルウィークでは度々登場し、内田有紀の役や偽エンクミ(遠藤久美子)・偽シャロン・ストーンなど散々な役をやらされていた。

この番組を立ち上げた人物、ニッポン放送で番組を担当していた伊集院の元に押しかけ伊集院を捕獲することに成功した。初期の放送ではスタジオに入っていたときもあるらしく、時たま永田氏の声が放送に混じることがあった。
エピソードとしては番組の打ち上げ後伊集院のゲームに付き合って散々スタッフを弄んだため、頭に来た当時のスタッフ池田と柳沢から建設中の新居に"立ちしょん"というちょっと早い新築祝いをもらい、電話の前で落胆する。

ADとディレクターを務めた 柳沢真(やなぎさわ まこと)

この番組を語るには欠かせない人物の一人 長野出身

当初からのスタッフ 柳沢氏がまだ大学生だった頃から伊集院の友達でありこの番組やニッポン放送の番組でもジングル(サウンドステッカー)を担当していた。
風呂場で腰を強打したとされ、2005年10月最後の放送で番組から一旦外れる、その後復帰するものの、翌年1月最後の放送を最後に番組スタッフから外れてる。なお同氏が番組のスタッフから外れてからもしばらくジングルが使用されていた。
伊集院には数多くネタにされており、身長の事についてスチュアート・リトルなどといじられていたり、プリプリ(プリンセスプリンセス)のコピーバンドをしていた事を暴露されている。
柳沢氏が大人の階段を上ったのは小学校5年生の頃とのこと、ちなみに場所は"お寺"だったそう。

構成見習い 松上元来(まつうえ もとき)

伊集院曰く面白いsmell(におい)がするらしい 東京FCの熱心なスポンサーであった
ギャルゲーなどを多く所有しており、番組企画でそのソフトの多くを中古店に買取されることとなる。
もとは伊集院がセント・ギガで担当していた『伊集院光の放課後の王様』のハガキ職人であり、頻繁にはがきを出していたがある日を境にハガキを送ってこなくなり、心配した伊集院を見舞いに来させるという大物ぶりを発揮している。

あまりプレイベートを公開しない主義で、長らく一般市民には公開されていなかった松上王室であるが、1999年1月4日の放送で正月であるということから王室が一般公開されることになり、伊集院は松上の自宅で生放送を送ることになる。
その後「離島で暮らしたい」という言葉を残し番組を去る。

3代目ディレクター 松島淳(まつしま じゅん)

池田氏の代わりとして番組ディレクターに着任する 電車マニア 車のハンドルを握ると別人になる
就任直後に同番組が秋葉原で起こしたポリス沙汰に巻き込まれて火消しに追われるという、大惨事に見舞われてしまう。伊集院はこの出来事をウェルカムフルーツならぬ「ウェルカムポリス」と名付けた。
番組を離れた後も月曜日深夜の夜勤を担当しているようで、たまに入るニュース速報などを読んでいる。

4代目プロデューサー 知野文哉(ちの ふみや)

九州出身 坂本龍馬ファンで飛行機嫌い
深刻な嫁不足に陥っており『33歳T氏の場合』という知野氏のプロフィールを作成するコーナーが展開された。後に胃腸を患いTBS内にある伝説の部屋『積み木ルーム』(無数の積み木が用意されており、積み木を積み上げ終わるとそれを即座に崩され永遠にこの作業が続くという、所謂飼い殺し部屋)へと移動、その後の部署を転々としたようだが詳しい消息は不明。

AD 下中(したなか) 下の名前不明

「200文字でやっつけろ」「ゆるい呪い」コーナーの音響を担当した。

AD 中山(なかやま) 下の名前不明

お笑いコンビ麦芽の小出真保と付き合っていた、夜の顔をいろいろと暴露されるが、後に別れる。

2代目プロデューサー 牧巌(まき いわお)

DK95.4のコーナーで眼鏡をチーズフォンデュにされてしまう。

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