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高知県・四万十川の名前の由来が深かった。

四万十市はもともと四万十川があったことから中村市と幡多郡西土佐村が合併して誕生したときに名づけられた市ですが、この四万十川の由来にたくさんの説があって、意外と深かったんです。

更新日: 2013年09月05日

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2013年夏、連日40度を超え、しかも国内最高気温41.0度になって、
さらに有名になった四万十市。
それにしても変わった名前ですよね。「よんまんじゅう」じゃなくて、「しまんと」

その由来が気になったので、調べてみると…たくさんの説があってびっくりでした!

四万十市(しまんとし)とは

2005年(平成17年)4月10日、
中村市と幡多郡西土佐村が合併して誕生した。

市の中心部付近は四万十川によって形成された
沖積平野である中村平野が広がっている。

四万十川(しまんとがわ)とは

高知県の西部を流れる渡川水系の本川で、一級河川。
全長196km、流域面積2270km2。四国内で最長の川

本流に大規模なダムが建設されていないことから「日本最後の清流」、
また柿田川・長良川とともに「日本三大清流の一つ」と呼ばれる。

そもそもは渡川(わたりがわ)?

〔高知県〕渡川(わたりがわ) ⇒ 四万十川(しまんとがわ)

河川法上では1928年から1994年まで「渡川」が正式名称だった。

1896年(明治29年)の旧河川法により、
1928年(昭和3年)11月1日に「渡川」を法律上の公式名称に採用。
その後の昭和39年の新河川法でもそのままだった。

平成6年7月25日に「四万十川」と改名された。

※平成6年=1994年

四万十川の名前の由来

実は、説がたくさんあるんです。
調べれば調べるほど、出てくるかもしれません。
とりあえず、調べられるだけ調べてみます。

「シ・マムタ=はなはだ美しい」アイヌ語説、
「四万石の木を十回流すことができる川」説、
「四万川と十川が合体した」説、
「四万十川は四万川と渡川が合わさって出来た」説、
「非常に多くの支流をもっていることから名づけられた」説、
「三島という中州(島)に渡る川」説

「シ・マムタ=はなはだ美しい」アイヌ語説

1897年に出版された「土佐異聞録」によると、
アイヌ語で岩石の多いところを「シマ」と言い、
四万十の名はその岩石の多さに由来する、とされる。

物理学者の寺田寅彦はアイヌ語で
「シ(はなはだ)・マムタ(美しい)」説を唱え、
これがよく知られている。」

四国の四万十川はアイヌ語で「最も美しい川」の意味

柳田国男によればアイヌ語地名が全国に分布している事実から、
「ある時代において我々の祖先とアイヌの祖先とが雑居していた」と推論している。

アイヌ語の”シマムタ”からきているという説が有力だそうです。

これは夏目漱石の弟子で理学博士・随筆家の寺田寅彦が、
金田一京助、ニコライ・ネフスキーといった
学者のアイヌ語研究に触発されて、
四万十をアイヌ語で解釈したらどうなるかと
言葉遊びで作ったもので、
もちろん学問的根拠があるわけではありません。

「四万石の木を十回流すことができる川」説

山で木を伐採し、それを川に入れて搬送する際に
何万石の木を何回出せるかを示す単位として
何万何川という数え方があった

和歌山県の熊野川に残る、
江戸時代、熊野川は十万十川(じゅうまんとがわ)と称して
十万石の木材を十回流したことがあるという筏師(いかだし)の伝承がある

四万石の木を十回流すことができる川という意味で
四万十川と呼ばれるようになったのだと推測

野本寛一さんが『四万十川民俗誌』
(H11年2月 雄山閣)P18で示している説

「四万川と十川が合体した」説

四万川は檮原川(ゆすはらがわ)の支流で檮原の西を流れる。

四万十川といふ事は数流落集るが、
中にも津野山郷の四万川と十川と流れ合ふを以てかく云えるとぞ

幡多郡紀行(防意軒半開・安政五年)に記載がある。

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ラッコは漢字で書くと海獺。海の獺(カワウソ)だよー。



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