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【泣ける】涙なしでは見られない…特攻隊員の想いがたくさんつまった遺書

敵船に飛行機で体当たりして亡くなっていった特攻隊員。遺書をまとめてみました。

更新日: 2016年10月03日

pooooooomさん

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母上様御元気ですか
永い間本当に有難うございました
我六歳の時より育て下されし母
継母とは言え世の此の種の母にある如き
不祥事は一度たりとてなく
慈しみ育て下されし母
有難い母 尊い母
俺は幸福であった

ついに最後迄「お母さん」と呼ばざりし俺
幾度か思い切って呼ばんとしたが
何と意志薄弱な俺だったろう
母上お許し下さい
さぞ淋しかったでしょう
今こそ大声で呼ばして頂きます
お母さん お母さん お母さんと

厳格な反面、子供のころから人一倍可愛がってもらって頂いた新平は本当に幸福でした。

あの悠々たる白雲の間を越えて、坦々たる気持ちで私は出撃して征きます。生と死と何れの考えも浮かびません。人は一度は死するもの、悠久の大義に生きる栄光の日は今を残してありません。
 父母上様もこの私の為に喜んで下さい。

征く、帰らぬ男は俺だ。さようなら

お父さんお母さん大変お世話になりました。之といふ御恩返し出来ず残念ですが、正敏は必ず立派に任務を達成致します故ご安心して下さい。正敏、今日迄幸福すぎていたのに、その上こんな任務を頂き実に幸せです。

大石清伍長「妹への手紙」

 静(せい)ちやん お便りありがたう。何べんも何べんも読みました。お送りしたお金、こんなに喜んでもらへるとは思ひませんでした。神だな(棚)などに供へなくてもよいから、必要なものは何でも買つて、つかつて下さい。兄ちやんの給料はうんとありますし、隊にゐるとお金を使ふこともありませんから、これからも静ちやんのサイフが空つぽにならない様、毎月送ります。では元気で、をぢさん、をばさんによろしく。
兄ちやんより

二人で力を合わせて努めて来たが終に実を結ばずに終わった。

希望も持ちながらも心の一隅であんなにも恐れていた“時期を失する”ということが実現して了ったのである。

今は徒に過去に於ける長い交際のあとをたどりたくない。

問題は今後にあるのだから。

常に正しい判断をあなたの頭脳は与えて進ませてくれることと信ずる。

然しそれとは別個に、婚約をしてあった男性として、散ってゆく男子として、女性であるあなたに少し言って往きたい。

「あなたの幸を希う以外に何物もない。

「徒に過去の小義に拘るなかれ。あなたは過去に生きるのではない。

「勇気をもって過去を忘れ、将来に新活面を見出すこと。

 あなたは今後の一時々々の現実の中に生きるのだ。

 穴沢は現実の世界にはもう存在しない。


智恵子。会いたい、話したい、無性に。

今後は明るく朗らかに。

自分も負けずに朗らかに笑って往く。

僕はもう、お母さんの顔を見られなくなるかも知れない。
 お母さん、良く顔を見せて下さい。
 しかし、僕は何んにも「カタミ」を残したくないんです。
 十年も二十年も過ぎてから「カタミ」を見てお母さんを泣かせるからです。

 お母さん、僕が郡山を去る日、自分の家の上空を飛びます。
 それが僕の別れのあいさつです。

じつに日本の国体は美しいのです。

私はその美しく尊いものを、身をもって守ることを光栄としなければなりません。

突入の日に生涯をこめた声で父上を呼んだことだけは忘れないで下さい。

素子、素子は私の顔をよく見て笑ひましたよ。私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入ったこともありました。素子が大きくなって私のことが知りたい時は、お前のお母さん、住代伯母様に私の事をよくお聴きなさい。私の写真帳も、お前の為に家に残してあります。

 素子といふ名前は私がつけたのです。素直な心のやさしい、思ひやりの深い人になるやうにと思ってお父様が考へたのです。 私はお前が大きくなって、立派な花嫁さんになって、仕合せになったのをみとどけたいのですが、若しお前が私を見知らぬまゝ死んでしまっても決して悲しんではなりません。

お前が大きくなって、父に会いたい時は九段へいらっしゃい。そして心に深く念ずれぱ、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮びますよ。父はお前は幸福ものと思ひます。生まれながらにして父に生きうつしだし、他の人々も素子ちゃんを見ると眞久さんに会っている様な気がするとよく申されていた。

またお前の伯父様、伯母様は、お前を唯一つの希望にしてお前を可愛がって下さるし、お母さんも亦、御自分の全生涯をかけて只々素子の幸福をのみ念じて生き抜いて下さるのです。必ず私に万一のことがあっても親なし児などと思ってはなりません。父は常に素子の身辺を護って居ります。

優しくて人に可愛がられる人になって下さい。お前が大きくなって私の事を考へ始めた時に、この便りを読んで貰ひなさい。

昭和十九年○月吉日父 植村素子ヘ

追伸、

素子が生まれた時おもちゃにしていた人形は、お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りにして居ります。

だから素子はお父さんと一緒にいたわけです。素子が知らずにいると困りますから教へて上げます。

終戦のテレビやってて 特攻隊の遺書読んでた。 泣けるー。男気ありすぎるー。 切ないー。

鹿児島行ったとき、知覧特攻平和会館行ったなぁ。そこには特攻隊の遺書がいっぱいあって、その人の写真があって、10代、20代の年齢が書いてて……。 すごい悲しさが込み上げてきた。

お父さんが特攻隊とか好きで知覧つれてかれたことあったけど遺書とかちゃんと見とけばよかったなー!またいきたいかも!!

いや、ほんとにミヤネ屋遺書読むな。さっきから涙でテレビが見えない。いつかは私自身が特攻隊館に行きたいなあ

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pooooooomさん

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