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あしゅら 【阿修羅】
〔梵 Asura の音写。非天と訳す。「あすら」とも〕
(1)インド神話の悪神。インドラ神(仏教では帝釈天)と戦うとされる。釈迦によって教化されたとみなす場合は,八部衆の一つとして仏教の守護神。また,六道の一つで,常に戦い合う世界の存在ともされる。興福寺の三面六手の像が有名。修羅。
(2)「阿修羅王」に同じ。

出典*三省堂 大辞林より

阿修羅(あしゅら、あすら、Skt:asuraの音写、意訳:非天)は八部衆に属する仏教の守護神。

3つの顔と6本の腕をもつ少年のような可憐な像ですが、胴体も腕もとても細く、憂いのある敬虔な表情が脱活乾漆造(だっかつかんしつづくり)の技法でとてもリアルに表現されています。阿修羅はインド神話では軍の神で、激しい怒りを表すのが一般的ですが、興福寺の阿修羅像に激しさはどこにも見られません。

 阿修羅像は、当時、唐からもたらされた『金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)』をもとに作られたと考えられますが、そこには、これまでの罪を懺悔して、釈迦に帰依することが説かれています。阿修羅の表情は静かに自分の心を見つめ懺悔する姿を表したものと考えられます。 (九州国立博物館 阿修羅像説明より)

興福寺阿修羅像

阿修羅像はもと興福寺西金堂(さいこんどう)に釈迦三尊、梵天・帝釈天、四天王、十大弟子像などとともに安置されていた八部衆のうちの1体です。この堂は光明皇后が前年の1月に亡くなった母橘三千代の一周忌に間に合うように創建したものです。

仏教で阿修羅という場合は、阿修羅族のことをいいます。

法華経によれば、婆稚阿修羅王、佉羅騫駄阿修羅王、毘摩質多羅阿修羅王、羅喉阿修羅王という4人の阿修羅王が、釈尊の説法を聴きに霊鷲山より参列しています。「百千の眷属と倶なり」とありますので、それぞれが、10万人ほどの眷属を連れています。

阿修羅の姿は、図像には三種あります。
その一は、鎧をつけ右手に宝棒又は剣を持ち、両脇侍をおく三尊像です。
その二は、上半身裸形、両脇侍の頭部を左右につけて三面(顔が三つ)にし、手は四腎(腕が四本)像です。
その第一手は胸前で合掌、第二手は左掌に日輪、右筆に月輪を捧げ持っています。
その三が興福寺と同形の三面六腎像で、これがわが国の作例に多く見られます。

古代ペルシアの聖典『アヴェスター』に出る最高神アフラ・マズダーに対応するといわれる(以下、歴史的背景の項を参照)。それが古代インドの魔神アスラとなり、のちに仏教に取り入れられた。古くインドでは生命生気の善神であった。天の隣国だが天ではなく、男の顔立ちは端正ではない。醸酒にも失敗し、果報が尽きて忉利天にも住めないといわれる。
本来サンスクリットで「asu」が「命」、「ra」が「与える」という意味で善神だったとされるが、「a」が否定の接頭語となり、「sura」が「天」を意味することから、非天、非類などと訳され、帝釈天の台頭に伴いヒンドゥー教で悪者

THE ALFEE 高見沢俊彦さん

落ち込んだとき、迷っているときに仏像を拝観すると、自然に心が癒されてゆく。

阿修羅は、奈良・興福寺のあの雰囲気の中にいるのが素晴らしい。興福寺の境内こそが阿修羅のいるべき場所なのだろう。

古代ペルシアの聖典『アヴェスター』に出る最高神アフラ・マズダーに対応するといわれる(以下、歴史的背景の項を参照)。それが古代インドの魔神アスラとなり、のちに仏教に取り入れられた。古くインドでは生命生気の善神であった。天の隣国だが天ではなく、男の顔立ちは端正ではない。醸酒にも失敗し、果報が尽きて忉利天にも住めないといわれる。
本来サンスクリットで「asu」が「命」、「ra」が「与える」という意味で善神だったとされるが、「a」が否定の接頭語となり、「sura」が「天」を意味することから、非天、非類などと訳され、帝釈天の台頭に伴いヒンドゥー教で悪者としてのイメージが定着し、地位を格下げされたと考えられている。また、中国において「阿」の文字は子供への接頭辞(「○○ちゃん」)の意味合いを持つため「修羅」と表記されることもあった。帝釈天とよく戦闘した神である。『リグ・ヴェーダ』では最勝なる性愛の義に使用されたが、中古以来、恐るべき鬼神として認められるようになった。

興福寺宝物殿の解説では、「阿修羅」はインドヒンドゥーの『太陽神』もしくは『火の神』と表記している。 帝釈天と戦争をするが、常に負ける存在。この戦いの場を修羅場(しゅらば)と呼ぶ。

興福寺宝物殿の解説では、「阿修羅」はインドヒンドゥーの『太陽神』もしくは『火の神』と表記している。 帝釈天と戦争をするが、常に負ける存在。この戦いの場を修羅場(しゅらば)と呼ぶ。

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